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 つい先日、二十二回目の誕生日を迎えたばかりの短い人生。必然、毎日が新しい発見の連続だ。

 今日という日も例外ではなく、またひとつ叡智を授かり、賢くなった。


「横槍を突いたのは向こうだ。私が先に唾を付けていたんだ」

「アイツの首には常に私の歯型がある。刻む都度、あの根暗チビには殺されかけるが、やめてなどやるものか」

「今は精々、我が物顔を浮かべていればいいさ。私とキョウは不老だが、奴は違う。あと数十年も待てば、勝手に老いて死ぬ」

「そうすれば、そうなれば、奴さえ消えれば、キョウは永遠に私だけの旦那様」

「百人は産むと決めてる。時間は幾らでもあるからな」


 他人の惚気話、死ぬほどうざってぇ。






「月彦くん月彦くん。そう言えば私、月彦くんに聞いてみたいことがあったんですよぉ」

「なら、まずは二本の足で歩くことから始めやがれ」


 低反発枕を思わせる質感のカルメン女史を引っ剥がし、放り投げる。

 くるくるくるりと三回転。カードの表裏を返すが如く八頭身へと戻った彼女は、流麗な所作で着地した。


「月彦くんって、リゼちゃんのどこが好きなんですかぁ?」

「そろそろ、その不思議現象への説明が欲しい」


 覗き込むように俺を見上ぐ、サファイアブルーの瞳。

 ええい、アンタまでソッチ方向に話題を持って行くのか。今も淡々とマシンガントークを繰り広げる灰銀女史だけで腹一杯だっつーの。

 ここ難度十ダンジョンの八十番台階層だぞ。ちったあ緊張感を持てや。


 つーか。


「……どこが、ねぇ」


 随分と難しいクエスチョンを投げ掛けやがる。

 正味、返答に窮するぞ。


「どこが」


 愛嬌ゼロ。

 好みのタイプに掠りもしない。

 実は相当ランク高めな御嬢様。


「どこ、が」


 肩口で切り揃えた濡羽色の髪。

 概ね半開きな澄んだ赤い瞳。

 爪を黒く塗り飾った指先。

 血色良いきめ細かな白皙。

 気だるそうなウィスパーボイス。

 段々と俺の嗜好に近付く肢体。

 向けられる我儘。

 捧げられる献身。

 エトセトラエトセトラエトセトラ――


「――んなもん、考えたこともねぇ」


 全てが俺の心を凪ぐ。狂気さえも。

 腹立たしいくらいに、宥められてしまう。


 お前にとっての唯一無二だと、そう言わんばかりに。


「ですかぁ」


 暫し口を×字にした後、何やら満足げな様子で微笑むカルメン女史。

 なんなんだ一体。オールドレディの気に召す台詞を吐いた覚えはねーぞ大叔母様よ。


「おい貴様等。私の話を聞いてるのか」


 いや全然。





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