408・Rize






 ――寒い。身が震えるほど。


 いいえ違う。寒くはない。

 感じてるのは寒気と取り違うような怖気。震えてるのは私の精神こころ


 ――怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。


 この道中で襲撃を受ける可能性はゼロと聞いている。

 でも、そんなもの気休めにもならない。


 至極当然の話。ここを何処だと思ってるの。

 那須殺生石異界。世界に九つしか存在しない難度十ダンジョンの一角。その深層。

 並の人間なら、踏み入っただけで発狂を招く死地。


 五感を外れた特異な識覚が訴える、吐き気を催すくらい歪みに歪んだ空間を満たす、途方も無いエネルギー。

 今にも押し潰されてしまいそうな圧迫感。粘土でも吸ってるみたいに息がし辛い。


 …………。

 さっきまでは、月彦が傍に居たから平気だったのに。


「あの……大丈夫?」


 ふと此方を案じる声音が向く。

 微かに歯を打ち鳴らしていた醜態を、聴かれたらしい。


 六趣會『人間道』キョウ。

 線の細い、優男じみた気弱そうな風貌とは裏腹、難度五や六のダンジョンボス程度なら素手で容易く殴り殺す、トップレベルの武闘派探索者シーカー

 今期のDランキングは、確か十三位。


 現戦闘能力に限って言えば、恐らく『深度・弐』の月彦より上。

 供回りとするには、概ね最上級と評せる相手。


 ――けど足りない。何もかも、致命的に。


「平気よ」


 蚊でも鳴くみたいな掠れ声。おざなりが過ぎる取り繕い。

 だけれど私の意図を汲んだのか、それ以上『人間道』は食い下がらず、唯々と頷いた。


 空気の読める男は嫌いじゃない。気遣いの出来る男も嫌いじゃない。


 特に好きでもないけど。






 怯えを噛み殺し、恐れを呑み込み、一歩一歩を踏み締めて進む。


 臨月呪母の柄を握る手が強張って、軋んでる。

 可能な限り外部情報のシャットアウトに努めていたところ、横合いから、細い指先に摘まれた錠剤を差し出された。

 視線だけ傾ければ、機械的な無表情で私を見遣るu-aの姿。


「精神安定剤です」

「……要らないわよ」


 心に作用する薬など飲めば、咄嗟の反応が鈍る。

 突き返すと、u-aは幾許か間を挟んだ後、そっと目を伏せ、呟いた。


「そんなに恐ろしいなら、来なければ良かったのに」


 僅かに彼女の眉根が寄る。

 その所作からは、およそ作り物とは思えない、確かな感情が窺えた。


 そして。


「――何故です?」


 多情入り混じった色味の魂を揺らめかせつつ、問い掛けられた。

 なんなの急に。質問するなら主語入れなさいよ。





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