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 足場が大きく揺れ動き、軋み、傾き、サイレン音が其処彼処で自己主張を始める。


 あと五分そこらで沈むな、この船。

 まあ、そんな瑣末は兎も角。


「スッキリした。溜飲が下がるとは、まさにこのこと」


 意識の無いウェイを肩に担ぎ、大鎌で足元を引っ掻く。


 こいつ結構いい腰つきしてるわ。可哀想なくらい胸無いけど。

 ほぼ真っ平。カルメン女史より酷い。






「ホント無茶苦茶ばっかり……」


 抉った傷口に残る呪詛を『消穢』で払いつつ、渋面を浮かべるリゼ。


「アンタ、スロット移植の後遺症で魂が脆くなってるって、分かってるの?」

「当然、分かってるとも」


 女隷を纏ったところで、その本質は変わらない。

 加えて『双血』にも、魂を鍛える効果は無い。


 とどのつまり俺自身の呪詛耐性は、やもすれば常人以下。

 直接呪いを浴びたなら、半日足らずで骨まで腐る。


 尤もリゼのようなスキルでも持たない限り、進行の個人差こそあれ末路は概ね同じだが。

 大人しく聖水を常備しとくのが利口。俺は一本も持ち合わせてないけど。


「死ぬわよ。だいぶ惨たらしく」

「望むところ」


 派手で凄惨な最期の方が、人生を締め括るには誂え向き。

 何せ生涯一回きりのビッグイベント。今際の台詞とかもアイデア温めてるのだ。

 畳の上で眠るような臨終とか、それこそ御免被る。


「残った私は、どうなるのよ。どうすればいいのよ」

「あァ?」


 どうすればって、そんなもん考えるまでも無い。


「さっさと次の男を探せ」


 二十代の未亡人とか、そこそこ需要あるだろ。字面的に。

 愛嬌ゼロでも、どうにか貰い手は見付かる筈。


「…………はぁぁぁぁっ」


 どったのリゼちー。

 でかい溜息吐いたと思えば、おもむろに距離なんか取って。


「Bダッシュ気付けネコパンチ」


 だいぶ強めに殴られた。

 解せぬ。






「スカルマスクに罅が入ったぞ貴様」


 壊れる度に買い替え続け、既に十三代目。

 なんなら予備を三つ、圧縮鞄に入れてある。


「自業自得よ、超馬鹿」


 超馬鹿て。せめて大馬鹿くらいに表現を抑えてくれ。

 いや、大馬鹿でもねーよ。


 …………。


「ったく……て言うか、そろそろ離脱しましょ。文字通りの沈み行く船に乗ってたって仕方──」

「リゼ」


 担いでたウェイを足元に転がす。


「断絶領域を張れ。そいつと一緒に隠れてろ」


 取り立てて救ける理由は無いが、積極的に見殺す理由も無い。

 そも倒したのリゼだし。天秤を揺らす権利は我が手の外。


 第一、今それどころじゃねぇ。


「もう暫く借りるぞ」


 増血薬を呷り、臨月呪母を腰溜めに構え直す。


「……リゼに対する蛮行の応報は、さっきのでチャラにしてやるよ」


 ここからは、ごく個人的な殺し合い。


「さァ」


 視界を潰す、霧散した呪詛。

 その赤黒い靄が、中心部から爆ぜるように吹き飛び、成層圏まで巻き上がる。


「第二幕と行こうぜ」





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