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鎌風と共に喉笛へ迫る、漆黒の剣尖。
受ければ肉も骨も構わず貫かれるだろう鋭さの割、素の動体視力でも止まって見えるほど緩やかな剣を側面から払う。
「あれだけの出力ぶつけて無傷かよ。面白れぇが、可愛くねぇな」
追撃の振り下ろしを堰き止め、鍔迫り合う。
間近となった白い女の面相を見据え、口の端を吊り上げる。
「にしても、布切れ一枚で随分と様変わりするもんだ」
純白のスーツに溶けるような白皙。
その額を斜めに走る切創。滴り落ちる青い血。
見開かれた双眸は焦点が定まっておらず、やはり視えていない模様。
識覚ひとつを完全に欠いて、俺と互角以上の撃剣かよ。笑える。
「すげー目玉。眼球タトゥーか?」
深い群青の瞳を縁取る、墨色の強膜。
要は、本来なら白目と呼ばれるべき部位が、余さず黒い。
いいね。オシャレだ。
「さては施術ミスで失明したな。ファッションも程々にしとかねぇと事故の元だぜ」
「この、め、は、うまれつき、です」
細腕に似合わぬ膂力で弾き飛ばされ、十歩ほど間合いを差し挟む。
……そりゃそうか。今の時代、スロット持ちなら臓器や手足の欠損さえも
けど生まれつきなら、それはそれで摩訶不思議。
「しかも俺と同じタイプ・ブルーときた」
数百万だか数千万だかに一人の特異な血液型。五十鈴以外だと初めて会う。
だからなんだよって話だが。
「──おなじ、では、ありません、よ」
「あァ?」
その口舌の真意を問うよりも先、独特な足運びで背後に回り込まれ、刺突を繰り出される。
「チィッ!」
緩い。遅い。フェイントすら含んでいない。
にも拘らず、避け辛い。捌き辛い。逐一と対応がズレる。
「デバフ系のスキルか!」
「ふふ。すきる、など、もって、いません、よ」
薄っぺらい、見え透いた嘘を。
小馬鹿にしてくれやがる。
「ブチ、壊、れろ、やァッ!」
黒剣をヘシ折る心算で放った乱撃。
だと言うのに、間抜けなほど衝突音が軽い。手応えも殆ど無い。
俺の二割にも満たない剣速で、悉くを受け切られてしまう。
「そぼう、らんぼう、きょうぼう」
「ぐっ!?」
またも鍔迫り合い。しかし今度はマズい。
咄嗟に離れるべく身を逸らすも、寸分違わず重心を押さえられ、まるで退けない。
「豪血……!!」
「むだ、です、よ」
ゴリ押すべく動脈に赤を伝わせて尚、一ミリも動けない。
なんなんだ。コイツの、このチカラは。
「て、めぇっ」
「ふふふ」
人離れした目を細め、柔らかに微笑む白い女。
金属の軋む音、歪む音、罅割れる音が、手元で静かに響き始める。
逃れ得ぬ拮抗。仕組まれた膠着。掌上での束縛。
幾許、そんな状況が続いたろうか。
「くそっ──」
十重二十重の抵抗も虚しく、その瞬間は訪れる。
「あら、あら、あら、あら」
絶叫じみた、耳障りな金属音。
四方に散らばる、細かな欠片。
──臨月呪母を、砕かれた。
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