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殆ど拘束に等しかった鍔迫り合いを抜け、虚空を駆け、一旦の距離を得る。
次いで手元の柄、刃を半ばより喪った大鎌を眇め、嘆息。
「……やり難い女だ」
五体の操作は依然、アラクネの糸を用いたセルフ・マリオネット。
今のところ違和感は無い。駆動そのものには。
異変があるとすれば、俺自身の内面。
「ぅるるる」
これだけやっても測れない。読み取れない。
重ねて──段々と、気を削がれる。
敵意と言うか、闘争本能と言うか。そういうものにノイズが入る。
本来、有り得べからざることだ。
確かに気分屋の自覚はあるが、ここまでの強敵を相手にやる気が失せるなど。
「どうしました、か? わたし、と、たたかうのが、いやに、なりました、か?」
「抜かせ」
根本的な部分から、何かを見誤っているのではないだろうか。
まずは暴き立てねば、繙かねば、俺はコイツに勝てない気がする。
そんな直感を思考の端に据え、上へ跳んだ。
「『落月』」
高度二千メートルよりの垂直降下。
道中にて『豪血』の深度を上げ、マッハ六百に達した我が身を質量兵器と成す。
「とぉ」
破壊の権化と呼ぶべき一撃は、しかし白鞘での防御を受け、いとも容易く止められる。
「あしばを、くずそう、なんて、ひどい」
間を置かず、砕けた刃の形状に合わせた型で大鎌を振るい、斬撃を編む。
百を跨いで更に六十六。うち有効打無し。
だけれど、少しだけ右寄りに姿勢を傾けさせた。
「シィッ!」
すかさず一閃。僅かばかり喉笛を掠める、罅だらけの刃先。
鮮やかな青い血が数滴、視界を飛び散る。
「……?」
「っ」
苦悶の類よりも驚きに近いニュアンスで異形の目を見開き、刹那未満の六徳、動きを止める白い女。
ダメージや痛痒の多寡以前に、攻撃を食らうこと自体が想定の外なのだろう。
愚昧極まる。マカロンよりも甘い。
明白な、付け入る隙だ。
「前歯ヘシ折れろ」
突き刺す軌道の蹴り。
ジャストで顔面を捉える。
やや手応えあり。否、この場合は足応えか?
どっちだっていいが……兎にも角にも、マトモな一撃をくれてやった。
「ハハッハァ」
さて次だ。余韻に浸る暇は非ず。
樹鉄刀が手元に無ければ、もっと言うなら赫夜を纏っていなければ、スキルの性質上『豪血』と『鉄血』の並行は不可能。
そして『鉄血』で四肢五臓六腑を固めなければ、全開出力の『豪血』など、使った瞬間に身体が弾け飛ぶ。
が。発想の転換、ものは考えよう。
十万分の一秒くらいなら、ピンで使っても保つ。筈。
「あァくそったれ。ブッ壊した責任問題を免れる上手い言い訳、考えとかねェと」
邪魔な臨月呪母を宙に放る。
跳ね上がる膂力に先んじて堪え兼ねた女隷が内側から崩れ始め、紫色の燐火を散らす。
「──『深度・参』──」
さあ。貴様の総て、暴かせて貰うぜ。
願わくば、どうか、その前に死んでくれるなよ。
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