574・Rize






 概ね三メートル四方の正六面体状に鎖した断絶領域。

 外界の音も光も一切及ばない、どんな影響も全く届かない、セカイを隔てる境界面が放つ燐光にのみ照らされた、狭い箱の中。


「……ちょっと小さく作り過ぎたわね。息詰まりそう」


 平時より些か重く感じる指先。摘んだチョコバーを頬張る。

 立て続け『呪胎告知』を使った所為で、身体が怠い。


「ま、いっか。どうせ一分きりの仮住まいだし」


 媒体に使った樹鉄刀──『曲式・火皮』の薄長い剣身、その切っ尖を手首のスナップで引き寄せて掴む。


 触れただけで鋼をも断つ斬れ味を有する奇剣。

 斬ったモノ、裂いたモノ、砕いたモノ、抉ったモノが持つエネルギーを貪欲に喰らい尽くし、やがては所有者にさえ牙を剥く凶剣。


 …………。

 けれどコイツの攻撃性は、どこまで突き詰めようと、月彦の意思を反映したもの。

 だから喩え月彦自身に叛旗を翻すことはあっても、私を害することは決して無い。


 害するどころか、寧ろ素直に従ってくれて、何故か縛式と呪縛式を除く八種への形態変化まで行える。

 設定仕様上、不可能な筈なのに、と果心も首を捻ってた。


 ──取り分け、この曲式は扱い易い。


 思い返せば、とっくに辞めた新体操でも、リボンが一番得意だった。

 こういう得物の方が、根本的に相性良いのかもね。






「ぐ……ぅ……」


 二本目のチョコバーを食べ終えた頃合、足元で呻き声。

 あ、起きたの。あそこまで魂を掻き乱したら普通、半日は昏倒するんだけど。


「……ど、ケ……貴様……よくモ、私を足蹴に……」

「あら御免なさい」


 うつ伏せで横たわる梅唯の側頭部を踏み付けてた右脚を退ける。

 なんとなく収まりが良くて、つい。






「何故、殺さナかった」


 目覚めたとは言え、未だ起き上がる力も無いらしく、息絶え絶えに私を睨む梅唯。

 やだ物騒。馬鹿みたい。


「知らないの? 人殺しは犯罪なのよ?」

「私ハ貴様等を、殺す気ダったんだぞ」


 だからって、こっちまで合わせてあげる必要とかある?


 そんな二の句を継ごうとした間際。断絶領域が拍を打つかの如く、大きく揺らぐ。

 揺らいで、歪んで、溶けるように、崩れ始める。


「ん。時間きっかり。我ながら絶妙」


 五割イツツキなら一分。空間を閉鎖するために必要な最低出力の四割ヨツキなら三十秒。

 もしそこに一秒でもズレが生じたとあれば、私の匙加減が甘い証拠。


「月彦の方も、ぼちぼち終わったでしょ」

「……はっ」


 特に感情も乗せず、なんとはなし呟いて。

 その言葉に対して。梅唯が、小さく笑った。


「何も……分かっテ、いないの、ダな」





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