570






「チッ」


 躱された。顔の上半分を刎ねるつもりだったんだが。


 ──けれど。


「やはり、か」


 薄剣の編む軌跡を見定め、得心した。

 ああ。ひと太刀も当たらないワケだ、と。


 何せ──俺が勝手に外してたんだ。

 そりゃ当たる方が、おかしい。


「妙な小細工しやがって」


 攻撃の意思に反した、無意識の寸止め。

 スキルか未知の技術か、或いはもっと別の……理屈こそ分からんが、厄介極まる現象。


 しかし同時に、光明も得た。


 応酬を振り返り、白い女に此方の攻め手が全て届かなかったかと言えば、そうではない。

 少なくとも二度。リゼの斬撃と、首を投げての噛み付きは直接捌いていた。

 どちらも先の拳打や曲式と比較し、明らかに劣る攻め手だったにも拘らず。


「その不自然が糸の端」


 律儀に十まで暴く必要は無い。

 一だけ分かれば、事足りる。


「…………い、たい」


 ぱさりと落ちる白布。

 諸共に額を浅く切った感触があった。

 それ故か、女は顔を押さえたまま俯いてる。


 馬鹿め。戦闘中に呆けやがって。


「女だから手心を貰えるなんて幻想は捨てとけよ。俺は男女平等主義でね」


 アラクネの糸を張り、五体を繰る。


「テメーの軽薄な手品も、もう効かねェ」


 未だ全容こそ不明瞭なれど、差し当たり、奴に俺の攻撃が届かない原理は掴んだ。


 恐らく、末梢神経の誤作動。

 思考を介さない脊髄反射に何らかの方法で訴えかけ、当人でも気付けぬほど僅かに動きを狂わせているのだろう。

 変幻自在な曲式の太刀筋に微妙な強張りを覚え、そう確信するに至った。


 どうやら発動条件があるらしく、リゼは影響下に置かれていないようだが、症例二件じゃ考察も儘ならん。

 依って、力技の対策を打たせて貰った。


、誤作動もクソもあるまい」


 全身の神経を切断し、アラクネの粘糸でダイレクトに肉体操作。

 念を入れて、俺との繋がりが強過ぎる樹鉄刀も手放した。


 結果は、今し方の一撃で証明済み。

 あとは──回避不可能な大技で、磨り潰せばいい。


「まさか、もう一度コレを使う羽目になるとは」


 臨月呪母の残穢を取り込み、右腕を裂く。

 俺の血、生体エネルギーと混ざり合い増幅した呪詛を啜り込んだ大鎌が脈打ち、ひと回り肥大化する。


「ちょ、月彦、アンタ何──」

「亜空間に隠れてろ。悪いが、上手く調整出来ん」


 不規則なリズムの鼓動。

 本家とは似ても似つかぬ、強引に熱量を押し込んだだけの無理矢理な模倣。


 ──横薙ぎ一閃、切っ尖を振るう。


「『盗演児戯・呪胎告知』」


 甲高く響き渡る、悲鳴じみた風切り音。

 空間ごと削り落とすかの如く太刀筋の先を埋め尽くす、不純物塗れの呪詛。


「猿真似の技で序幕終わりとは、締まらねぇな」


 赤と黒の混ざり合った奔流。

 陽射しを雲が覆うかの如く、船体の凡そ半分を呑み、影も残さず、食い千切った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る