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「ねえ月彦。アンタ走るなら兎も角、どうやって水面を歩いてるのよ」


 実は幽体状態だと少し浮けるリゼが波しぶく海上を滑るように進みつつ、怪訝な表情を向けてくる。

 知りたいならば教えてしんぜよう。


「爪先を震えさせて、その熱でライデンフロスト効果を起こしてる」

「……フロスト、なに? ソーダフロートの親戚?」


 んなワケあるか。


「熱したフライパンなんかに水滴を垂らすと、蒸発の勢いが強過ぎてフローティングするアレだね」


 分かりやすい解説どうも、ヒルダ。

 ちなみに嘘だ。だいぶ適当なこと言った。






 スキルが示すままの先行き不確かな歩みに付き従うこと暫く。

 ひとまず到着とばかりに足を緩めたヒルダの肩越し、前方を見遣る。


「あァ?」


 そこに在りしは、空間へと穿たれた穴。

 各階層を繋ぐ階段への出入り口。


 ――ただし

 俺達の目的である、八十階層へ向かうものではない。


「やっぱり逆じゃねぇかよ。さては捕捉対象を間違えたな」

「まさか」


 胡乱げな此方の視線など気にも留めず、堂々と空間の境目を潜るヒルダ。

 リゼと顔を見合わせ、互いに首を傾げつつ、他にアテも無いので再び追従する。


 そして。半ばあたりで、規則的な足音が止まった。


「あ、成程。んー、どこだろ」


 独り言混じり、ぺたぺた石壁を撫ぜるヒルダの姿に、またもリゼと顔を見合わす。


 その意図が明らかとなるまで、そう時間は掛からなかった。


「見付けた」


 押し込まれたスイッチ。

 振動と併せて開かれる


 通じた先には──下へ伸びる長い階段が、延々と続いていた。





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