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 穴を抜けるや否や、腕輪型端末が小うるさい警告音を撒き散らし始める。


 同階層でバイタルが危険域に達した探索者シーカーの存在を捉えた際、作動する救難信号。

 これが実装されて以降、ダンジョン内に於ける致死率が目に見えて下がったと聞く。


 マニュアルを殆ど読み飛ばした所為で止め方が分からないので、取り敢えず端末を放り捨てた。


「喧しい」


 月より巨きな星々が幾百幾千と煌めく夜空。

 シャンデリアの如し星光に照らし出された、吹き荒ぶ平野。


「おーおー」


 見渡す限りの死屍累々。

 数え上げれば六十人は下るまい、各々ハイエンドクラスの装備に身を包んだ探索者シーカー達の亡骸。


 およそ半数は五体の其処彼処を噛み千切られ、ほぼ原形を留めていない。

 凍てた体表、及び傷口の塩梅を見るに、命を落としたのは精々が数分前だろう。


 下手人は……語るに及ばず、だ。


「よォ。久しいな」


 夜天の下、階層の中心に据えられた玉座へと脚を組み坐す、裸身の女。


〈オヤ……コレハ珍客〉


 側頭部より伸びる一対の角。四肢を覆う鋭利な鱗。十指を飾る強靭な爪。

 縦裂けの瞳孔にて此方を見据える、麗しき人竜。


 魔界都庁を統べる孤高の女王、絶凍竜妃フォーマルハウト。


「……ぅるるるるるるるる」


 その艶姿に、脳味噌を掻き乱される。


 相手が男なら、眼差しひとつで精神を犯す『魅了チャーム』。

 無限に等しく供給され続けるエネルギーが妨げとなり、本来ダンジョンボスには持ち得ない筈の、悪辣極まる魔法。


〈クフフフッ。ドウシタ? 妾ガ欲シイノカ?〉


 甘ったるい囁きが、鼓膜に染みる。


〈許スゾ、其方ナラバ。サア、近ウ〉


 口角を吊り上げての淫靡な手招き。

 意に反し、足が勝手に前へ進む。


「気付けネコパン──」


 アラクネの粘糸を引き絞り、左腕を無理矢理に動かす。

 一本貫手で以て、こめかみを突き貫いた。


「…………ふーっ」


 スッと思考の熱が引く。

 二度三度、首を左右に傾け、深く吐息。


「あら」


 顎先の一ミリ手前でリゼの拳が止まっている。

 相変わらず迅速果断。危うく、またスカルマスクを駄目にするところだった。






〈ナンジャ。ツレヌノウ〉


 こめかみの空洞を塞ぐ最中。些か不満げに、フォーマルハウトが玉座へ凭れる。


〈竜ヲ抱ク機会ナド、ソウ有ルモノデハナイゾ?〉


 そいつは惜しいことをした。

 しかし生憎、所帯持ちなもんで。


〈──シテ。何用デ妾ノ膝元ニ参ッタ〉


 おもむろに空気が変わる。

 生き血で濡れた口元、真っ白な牙の隙間から冷気を零し、腰を上げたフォーマルハウト。


〈ツイ先程ニ肉ヲ喰ライ、血ヲ啜リ、骨ヲ貪リ、少シハ腹モ膨レタ〉


 成程。確かに弱体化が著しかった前回と比べて、幾らかマシな模様。

 大雑把な見立てでは、青木ヶ原天獄のアステリオス・ジ・オリジンと同等くらいか。


 やはりコイツ、本来の上限は難度八になど収まらないレベルで強い。

 下手すれば、難度九すら凌ぐやも知れん。


〈爪牙ヲ合ワセル心算ナラ、嘗テノヨウナ無様ハ晒サヌ〉


 …………。

 意気込んでるとこ悪いが、申し訳ないことに全く食指が動かん。

 何せ恢復済みなら兎も角、現状程度じゃ単なる弱いもの苛めだ。

 雑魚を蹴散らし、悦に浸る趣味は無い。


 第一、俺達はu-aの呼び出しに応じるまま此処へ足を運んだに過ぎぬ身。

 用向きなぞ、寧ろこっちが知りたい。


「あー」


 返答に窮し、首を掻く。

 そんな折だった。






 澄んだ歌声が、凍った平野に響き始めたのは。





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