609
穴を抜けるや否や、腕輪型端末が小うるさい警告音を撒き散らし始める。
同階層でバイタルが危険域に達した
これが実装されて以降、ダンジョン内に於ける致死率が目に見えて下がったと聞く。
マニュアルを殆ど読み飛ばした所為で止め方が分からないので、取り敢えず端末を放り捨てた。
「喧しい」
月より巨きな星々が幾百幾千と煌めく夜空。
シャンデリアの如し星光に照らし出された、氷雪吹き荒ぶ平野。
「おーおー」
見渡す限りの死屍累々。
数え上げれば六十人は下るまい、各々ハイエンドクラスの装備に身を包んだ
およそ半数は五体の其処彼処を噛み千切られ、ほぼ原形を留めていない。
凍てた体表、及び傷口の塩梅を見るに、命を落としたのは精々が数分前だろう。
下手人は……語るに及ばず、だ。
「よォ。久しいな」
夜天の下、階層の中心に据えられた玉座へと脚を組み坐す、裸身の女。
〈オヤ……コレハ珍客〉
側頭部より伸びる一対の角。四肢を覆う鋭利な鱗。十指を飾る強靭な爪。
縦裂けの瞳孔にて此方を見据える、麗しき人竜。
魔界都庁を統べる孤高の女王、絶凍竜妃フォーマルハウト。
「……ぅるるるるるるるる」
その艶姿に、脳味噌を掻き乱される。
相手が男なら、眼差しひとつで精神を犯す『
無限に等しく供給され続けるエネルギーが妨げとなり、本来ダンジョンボスには持ち得ない筈の、悪辣極まる魔法。
〈クフフフッ。ドウシタ? 妾ガ欲シイノカ?〉
甘ったるい囁きが、鼓膜に染みる。
〈許スゾ、其方ナラバ。サア、近ウ〉
口角を吊り上げての淫靡な手招き。
意に反し、足が勝手に前へ進む。
「気付けネコパン──」
アラクネの粘糸を引き絞り、左腕を無理矢理に動かす。
一本貫手で以て、こめかみを突き貫いた。
「…………ふーっ」
スッと思考の熱が引く。
二度三度、首を左右に傾け、深く吐息。
「あら」
顎先の一ミリ手前でリゼの拳が止まっている。
相変わらず迅速果断。危うく、またスカルマスクを駄目にするところだった。
〈ナンジャ。ツレヌノウ〉
こめかみの空洞を塞ぐ最中。些か不満げに、フォーマルハウトが玉座へ凭れる。
〈竜ヲ抱ク機会ナド、ソウ有ルモノデハナイゾ?〉
そいつは惜しいことをした。
しかし生憎、所帯持ちなもんで。
〈──シテ。何用デ妾ノ膝元ニ参ッタ〉
おもむろに空気が変わる。
生き血で濡れた口元、真っ白な牙の隙間から冷気を零し、腰を上げたフォーマルハウト。
〈ツイ先程ニ肉ヲ喰ライ、血ヲ啜リ、骨ヲ貪リ、少シハ腹モ膨レタ〉
成程。確かに弱体化が著しかった前回と比べて、幾らかマシな模様。
大雑把な見立てでは、青木ヶ原天獄のアステリオス・ジ・オリジンと同等くらいか。
やはりコイツ、本来の上限は難度八になど収まらないレベルで強い。
下手すれば、難度九すら凌ぐやも知れん。
〈爪牙ヲ合ワセル心算ナラ、嘗テノヨウナ無様ハ晒サヌ〉
…………。
意気込んでるとこ悪いが、申し訳ないことに全く食指が動かん。
何せ恢復済みなら兎も角、現状程度じゃ単なる弱いもの苛めだ。
雑魚を蹴散らし、悦に浸る趣味は無い。
第一、俺達はu-aの呼び出しに応じるまま此処へ足を運んだに過ぎぬ身。
用向きなぞ、寧ろこっちが知りたい。
「あー」
返答に窮し、首を掻く。
そんな折だった。
澄んだ歌声が、凍った平野に響き始めたのは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます