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 受けた傷を瞬時に癒す高速再生能力を持つクリーチャーには、大抵『核』が存在する。

 そこを破壊すれば、暫くの間ダメージを回復することが出来なくなるとか。


 そして核の在り処は、箇所。


「そこだな」


 鎖骨と鎖骨の間。握って開いてを繰り返している、あまりに小さな新生児の手。

 あの手に対する斬撃の直撃は身体を捻ってまで避けてたし、あそこの周りは回復が特に顕著だった。


 伸びる腕は核から遠過ぎて再生が遅く、突き刺さった標識を抜くのにも苦戦しており、奴は満足に動けない。


「豪血」


 アスファルトを砕く勢いでの踏み込み。

 脇腹に突き出た老人の腕が俺に迫るも、水銀刀で遮る。

 やたら力が弱い。これを迎撃に使ったということは、恐らく触れただけで何らかの効果を及ぼす異能を持っているのだろう。例えば生物を腐らせたり、乾涸らびさせたりとか。


 流石、三十階層フロアボス。下位の探索者シーカーでは太刀打ち出来ない二十番台階層のクリーチャーを更に数段上回る強敵。

 恐怖心というバフが望めない俺達相手でも、素の戦闘能力だけで相当に抗いやがる。


「しかし残念」


 こいつは肢体が多過ぎて、それが各々の動きを妨げている。

 と言うか。


「お前。さては一度にひとつずつしかチカラを使えねぇな?」


 老人の腕を動かした瞬間、伸びる腕の動作が極端に鈍くなった。

 俺の『豪血』と『鉄血』のように同時発動自体が出来ないのではなく、ただ単純に

 要は処理能力のキャパ不足。


 当然っちゃ当然か。腕二本きりの人間だって、左手で三角を描きながら右手で四角を描ける奴すら中々居ない。

 全く異なる能力、しかも縫い付けられただけの後付け品を、そうそう自由自在に使いこなせるワケも無し。


「……遅れたが、初対面の挨拶に握手と行こうや」


 新生児の手を掴む。本物の赤ん坊と同様、本当に骨があるのかも疑わしい柔らかさ。

 掴んだ瞬間、ビクリと身を震わせた牛頸の仕草が妙に可笑しく、俺は僅かに口の端を吊り上げながら――勢い良く引き千切った。






〈ぶもおおおおぉぉ……ぉ……〉


 人間が牛の鳴き真似をしてるようにしか聞こえない、物悲しい断末魔。

 然る後に倒れ伏し、溶け消える牛頸の姿を見届け、肺の空気を残らず搾り出す。


「ふいー」


 半壊した後も奇跡的なバランスで姿勢を保っていたベンチに腰掛ける。

 大分あっちこっち壊したな。明日には直ってるけども。


 しかし手強かった。再生能力を奪うついで、都合四本の手足を潰してやったにも拘らず、しぶといしぶとい。

 尤も、敗色がチラつくほどの敵ではなかったが。


「伸びる腕以外にも遠距離攻撃手段はあるんだろうが、見る機会無かったな。そいつにも対処出来りゃ、次は俺一人で倒せそうだ」

「フロアボスって、本来はパーティ戦が推奨されてるけどね。深く潜るほど」


 同階層帯の水準を離れた戦闘能力。

 にも拘らず、コイツらフロアボスに討伐ポイントが設定されていないのは、Dランキングが発足した当初、ポイント目当てに少人数で挑み、死ぬ奴が後を絶たなかったからだ。

 そんな過去の反省から、今では十階層おきに探索者シーカーの道を遮る勤勉な邪魔者として、複数のパーティが居合わせれば袋叩きにされる哀れな存在と成り果ててしまった。


 ……まあ、攻略難度七以上――五十階層クラス以上のフロアボスは、マジに集団でかからないとヤバい怪物揃いなんだが。

 どいつもこいつも有名だ。


「リポップまで一時間だったか? また湧く前に少し三十一階層を覗いて帰ろうぜ」

「ええ」





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