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「うぇいあんかー!」


 冬休み明けの朝。

 大学構内の自販機前でコーヒー飲んでたら、吉田が現れた。

 この年中無休のハイテンション。疲れないのか。


「ヨーソロー月ちゃん! モチ食べ過ぎて正月太りなんてしなかったかなー?」

「俺の運動量と基礎代謝で太るのは無理だ」


 飲み干した空き缶を頭上に放り、背後のゴミ箱目掛けてオーバーヘッドシュート。

 着地と同時、甲高い音。目標寸分違わず。


「おぉ月ちゃんスゲェ! さてはサッカー歴十年だな!?」


 生憎やったことすらねぇ。






「ところでフィンランドはどうだったんだ」


 二本目の缶コーヒーを開けつつ、何語かも分からん歌を熱唱する吉田に尋ねる。


「ハイヤーホイヤーホイサッサ……ん? おー、それがさ! 行けなかったんだよフィンランド!」

「……あァ?」


 まさか、また飛行機事故に遭ったとか宣うまいな。

 一応三日前くらいに確かめたが、この年末年始で墜落なんかは起きてない筈だぞ。


「乗る飛行機を間違えてさ、アラスカに飛んじゃったんだよねー! あっひゃっひゃ!」


 つまりコイツ自身の凡ミスか。

 ま、夏の大事件と比べれば、それくらいで済んで良かったじゃねぇか。


「んでよ? この際アラスカでもいいかと思って観光してたら、ダッチハーバーでフェリーと間違えて漁船に乗っちゃって! 帰国までずっとベーリング海で蟹漁やってた系!」


 今なんつったコイツ。

 世界で最も過酷な労働のひとつに数えられる仕事を手伝ったと、そう抜かしたように聞こえたが。


「やー大変だったわマジ! 荒波で船が大揺れした時に船長が頭ぶつけて気絶しちゃって!」


 よく生きて戻れたなコイツ。


「それで俺ちゃんが適当に舵切って船着けたポイントに死ぬほど蟹が居てさー! もう大漁大漁の入れ食い状態よ、面白かったー!」


 写真あるぜ、と言って見せられた空間投影ディスプレイには、溢れんばかりに蟹の詰まった幾つものコンテナを背景に肩組んで笑う屈強なオッサン達と、そこに混ざった浮きまくりなチャラ男の画像。


「お駄賃たっぷり貰っちまったぜ! 念願のクルマ買えちゃう! あ、そそそ。これ月ちゃんにお土産ね」


 いそいそと夏休みにペルーの少数部族から貰った巾着から引っ張り出されたのは、ひと抱えある発泡スチロール製の箱。

 中身は、見たことも無いサイズのズワイガニが三匹ほど。しかもまだ生きてる。


「一番でかいの貰ってきた! めっちゃくちゃ美味かったぜ、食べて食べて!」

「お、おう……有難く、頂いとく」


 …………。

 やはりコイツ、ただのチャラ男じゃねえ。





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