554
「月彦」
此方にマゼランチドリを投げ渡し、然る後『
輪郭と色彩を残したまま透き通る肢体。
視覚的な立ち位置こそ変わらねど、既にソコからは掻き消えた実体。
亜空間へのハインディング。
あの状態のリゼには射程範囲内の全てを葬り去る『破界』すら無効。今現在アイツが居る位相を正確に弾き出し、そこへ攻撃を届かせる方法が無ければ、延いては幽体にも有効な手段でなければ、如何なる武力も暴力も意味を成さない三重防御。
強いて難を挙げるなら持続時間だが、それとて小刻みにインターバルを挟めば問題無いし、連続使用もコンディション次第で六十秒から九十秒は確実に保つ。
「欠伸が出る」
手中に収めた、刃渡り十五センチにも満たぬ玩具を弄ぶ。
基礎設計者たる果心自らが手を加えた高周波振動機構により、抜群の斬れ味を誇る一刀。
とは言え、真っ当なカードとして成立させるには、些か小振りが過ぎる得物。
ただしシチュエーションを鑑みれば、寧ろ丁度良い塩梅だろう。
俺の装備は深層での運用を想定したもの。只人相手には、あまりに過剰なオモチャ。
「ナイフを握るとガキの時分を思い出す」
不適切な食生活で発育不全気味だった頃、よく使ってた。栄養学を修め、身体を鍛え、ある程度のガタイを得てからは暴力の選択肢が飛躍的に増えたため、疎遠となったが。
素手の練度こそ最も高い俺に、短尺な武器は利点が少ない。
「ま、たまには童心に帰るのも悪かねぇ──なァッ!」
側方から銃声。
生憎と完全索敵領域の内側だ。射手が引鉄を絞るより早く反応し、射線上に刃を置き、迫り来る弾丸を縦横に切断。
間髪容れずマゼランチドリの柄頭で打ち返し、立て続け撃とうとしていた四人が向ける銃口へと叩き込む。
一拍を挟み、四ヶ所で同時に暴発。
射手達の目玉なり耳なり指なり、どこかしらのパーツが肉片となって吹き飛んだ。
「オイオイオイオイ、まだ九月だぜ? ハロウィンのコスプレとは気が早い」
俺のジョークに笑ってくれる者は居らず、今度は八方からの斉射。
集団戦にて斯様な真似、徒に同士討ちを招くだけの愚行。
なのだが。
「ほーォ」
どうやら随分と訓練された連中らしい。
巧みに俺だけを捉えた弾道。瞬く間、数百の礫に取り囲まれる。
「悪くねぇ。三点やるよ、九九〇点満点でな」
素の身体能力で捌き切るのは、流石に無理か。
「尤も、それならそれで、手は幾らでも」
敢えて攻撃を受け、着弾の衝撃で身体をハネさせる。
動かしたい箇所に、動かしたい角度に。
そいつを延々と繰り返せば、スキルを用いずとも人体の限界を超えた機動が可能。
要は俺自身をガラス玉に見立てた、おはじき遊び。
「そも短機関銃程度の火力じゃ、皮膚貫くどころか痣ひとつ残らん」
合間合間でマゼランチドリを振るい、近場から順繰りに斬り伏せる。
或いは先程と同じく鉛玉を打ち返し、デッドボールを叩き込む。
「野球の必勝法を教えてやろう。ストライクゾーンなんざ無視して、ひたすら相手の顔面にボールを投げ込めばいい」
鼻を捥ぎ、顎を抉り、手首を毟り、脚を貫き、喉を突く。
「片っ端から退場させりゃあ、それで仕舞い。なのに何故誰もやらねぇんだか。球児ってのは馬鹿揃いかよ」
「最初の一投で自分が退場させられるからに決まってるでしょ、この大馬鹿」
マジか。
実はルール殆ど知らないんだよな、野球。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます