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 だだっ広い甲板上に、しかし立っているのは俺とリゼだけ。

 他は悉くが倒れ伏し、のたうち回り、呻くばかり。


「少し身体が欠けたくらいで、大袈裟な」


 足元に転がる、エンゲージリング付きの手首を拾う。

 向こうで這いずりながら探してるオッサン発見。ぶん投げて顔面にヒット。


「親切な月彦さんは、失くし物を届けてあげるのでした」

「本を正せば、削ぎ落としたのアンタじゃない」


 でも案外そんなもんだぞ、社会って。






「一応、誰も死んではいないのね」


 亜空間から此方側に戻った後、ガムを噛み始めたリゼが至極どうでも良さそうに呟く。


「殺し殺されのシーソーゲームこそ世の摂理。逆立ちしたって俺を殺せねぇ奴等に、いちいちダブルタップして回るほど几帳面じゃねぇ」


 あと、生かしとけば次に会う時は今の百倍強くなってるかもだし。

 人間万事塞翁が馬、てな。


「ところで船酔いは大丈夫か」

「取り敢えず平気」


 ここまで船体が巨大だと、ほぼ陸地に居るのと変わらん模様。

 まあ酔ったら酔ったで、薬に浸した針を打ってやればいいだけの話。

 鋭過ぎる平衡感覚ってのも良し悪しだよな。






「さァ、て」


 踵で何度か甲板を叩く。


 ダンジョン産の金属、品質的には三十番台階層クラスを混ぜ込んだ合金製。

 厚さは概ね五メートル。その向こうにある船体も、同様の素材で建造されてるな。


「豪血」


 動脈に赤光を流すと同時、奥歯に仕込んだ奇剣を起動。

 体表を伝う紫電。鋭く爆ぜるスパーク音。

 着ていた衣服が瞬く間、装備一式と入れ替わる。


「『断式・仏鉢』」


 身の丈を超える大剣に変じる樹鉄刀。

 並行し『豪血』を適用させ、赤が絡み付く剣身。


「楽しい甲板割りの時間だぜ」

「『深度・弐』状態でタンカー割りに打って出なかった点だけは褒めてあげる」


 馬鹿野郎リゼちー、いきなりタイタニックじゃオタノシミが減っちまうだろ。

 ブチ破って船内に突入したら、いざシージャックの予定なんだぞ。


「ぅるるるるるる」


 爪を立てた柄が軋む。

 収斂するエネルギーの熱を受け、周囲の大気が仄揺らぐ。


 そして。膂力と技巧を乗算させた一撃を、いざ振り下ろす間際──






 ──雲ひとつ無い青空から降り注いだ紫電が、骨肉を掻き毟った。





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