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屋上を起点に、遥か階下の土台まで易々と貫いた呪詛モドキの暴威により、一棟丸ごと、否、周囲をも巻き込んで崩れ落ちる高層ビル。
足場を失った俺は、宙の瓦礫から瓦礫を跳び移り、絶えず車両の行き交う道路上へと着地した。
「あーあー、二リットルばかり血ぃ抜く羽目になっちまった。残穢なんぞ、おいそれ取り込むもんじゃねーな」
深く抉れた傷口を筋肉の収縮で塞ぎ、程なく体内に張り巡らせたアラクネの粘糸が復元。
増血薬を呷りつつ頭上を仰ぎ見、溜息を零す。
「ブッ壊しただけかよ。つまらん」
単なる破壊に留まらず、触れるもの悉く蝕み、腐敗させるリゼの呪詛とは雲泥の差。
辛うじて『呪胎告知』の輪郭こそ取り繕えたが、所詮は猿真似足らずの児戯か。
さりとて元来、人が持ち得ぬ異能であるスキルを無理矢理に演じれば、綻びが生じるなど自明の理。
特異、特別、異質、異彩、超常、超越。故にこその異能なのだから。
「……あァ?」
思量と併せて裾の埃を払う最中、不意に鳴り渡るクラクション。
振り返れば、猛スピードで此方へと迫る大型のタンクローリー。
距離は既に十メートルも無く、向こうは急ブレーキで減速を試みるも、寧ろそれが災いし横転。
信号機や道路標識を薙ぎ倒し、満載していた液体魔石を撒き散らしつつ、退路を塞ぐように突っ込んで来る。
「服が汚れる。他所でやれ」
接触の瞬間、車底に足先を掛け、すくい上げた。
弧を描き、木っ端さながらに飛んで行く車体。
数秒ほど空中ドライブと洒落込んだ後、アスファルトへ衝突。そのショックで、盛大な爆発音を轟かせた。
通常、魔石の内包エネルギーは特殊な処理を施さねば爆ぜたりなどしないが、瞬間的な出力を高めるためガソリンと混合したタイプだったのだろう。
いやはや運の悪い。ご愁傷様。
と。
「チッ」
少し遅れて、今度はビルの倒壊に伴う塵煙が押し寄せる。
砂利や小石から、家一軒分はあろうサイズの塊まで交々を無数に織り混ぜ、怒涛の勢いで地表を削る鉛色の津波。
鬱陶しい。
「だァから……服が汚れるってんだよ!」
足元目掛け、大鎌を振るう。
超音速の斬撃、その副産物たる衝撃波で地盤ごと引っ繰り返し、塵煙を逸らすための壁と成す。
見事なビフォーアフターだ。なんということでしょう。
少々ばかり地形は変わってしまうが、まあ些事だ些事。
「僕が言うのもなんだけど、キミって滅茶苦茶だよね」
荒れ狂う塵煙も凡そ収まった頃合。
ふわ、と地盤の壁へ腰を下ろしたヒルダが、やれやれとばかりに肩をすくめ、呟く。
「この三十秒くらいで、ざっと千人以上は死んだかな。人の心とか無いの? リゼ以外にも優しくしてあげなきゃ駄目だよ」
「大きなお世話だ」
千人死のうが、万人死のうが、億人死のうが、知ったことか。
少なくとも今は、そういう気分なんだ。
第一。俺は誰も殺しちゃいない。
「白々しいんだよ、お前」
「うん?」
俺の返しに小首を傾げ、わざとらしく目を瞬かせるヒルダ。
正味、三味線を弾いてるようにしか受け取れない、惚けた仕草。
いいだろう。もっと簡明に聞いてやる。
「答えろ。ここは、なんだ」
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