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 俺がノリで引き起こした災害レベルの破壊に慄き、押し合いへし合い逃げ惑う人々。

 問いの答えを待つより先、その中の適当な一人を捕らえ――素っ首を毟り取る。


 …………。

 やっぱりな。


「神経や血管の配列、骨の断面、筋繊維の走り方、肉の質感。何もかも不自然だ。ごく微妙にな」


 つまりニセモノ。

 しかも最低、俺の五感が届く範囲内は全てだと考えるべきだろう。

 感覚を尖らせ、注意深く周囲を検めてみれば、どことなくモヤッとするし。


「レールガンから『凪の湖畔』と『ピーカブー』を解いた時か。俺の意識が偏った四半秒を狙って、この珍奇な空間に引き込みやがったな。抜け目ねぇ女だぜ」

「……なんで分かるかなぁ」


 単純な消去法に過ぎん。そこ以外、俺を出し抜けるタイミングなぞ思い付かんし。

 まあ、そんなもんは正直どうだっていい。今現在、我が関心は残らず他所を向いている次第であるからして。


「面白い」


 隔離された世界。しかも内外を切り分けただけのリゼの断絶領域とは違う、完全な異空間。

 スキル、なのか。青木ヶ原天獄の攻略中には見なかったが。


「お前、スロット七つ全部埋まってたんだな」

「帰国した後にね。もっと早くがあれば、あんな牛っころ相手に遅れを取らず済んだのだけれど」


 ほう。己のスキルに殺されかけるほどの、殆ど暴走に等しいドーピングを施してさえ届かなかったアステリオスをつかまえて、随分な大言壮語。

 つまり、そこまでのチカラというワケか。実に興味深い。


「唆るじゃねぇか。その慎ましからぬ自信に至る根拠、是非とも聞かせて頂きたいもんだ」

「可愛いね、おねだりかい? 暴いて御覧、得意だろ」


 柔らかくも挑発的かつ尤もな物言いと共に、ヒルダが両腕を広げる。


「――皆殺しの雄叫びをあげ、戦いの犬を解き放て」


 朧火が爆ぜ、手中へと顕現する、石を削り出したような二本の剣。

 次いで燐光が渦を巻き、仄かに脈打つ黒い装甲と成り、彼女を鎧う。


「マジかよセンセー」


 背筋に悪寒が奔る。存在を察しただけで、骨の髄まで圧力が伝わって来る。

 ふざけてんのかオイ。剣も鎧も意味不明なレベルの代物だぞ。一体どこのスーパーで買いやがった。


「バイ、ジュリアス・シーザー。シェイクスピアは、お好きかな?」

「特別お好きでもなんでもねぇ。そもそもロミジュリしか知らねぇ」


 なんならロミジュリもフワッとしか知らねぇ。オチすら忘れた。

 毒だかナイフだかで心中したか、核戦争で世界が滅んだかのどっちかだった気がする。


「アハハッ。奇遇だ、僕もさ」


 じゃあ、なんでシェイクスピアを引用した。カッコよさげだからか。

 であれば納得。格好良さは大事だ。


「……さ。そろそろ口上は締め括ろうか。この通り、装備の面でも以前の僕とは次元違いだから、心して掛かって欲しいな」


 あっさり死なれたら、悲しいもの。

 そう続いた台詞に対し、俺は口の端を吊り上げ、アスファルトを踏み砕く。


「傲岸不遜、大変結構」


 だが、しかし。


「そーゆーのをなァ……世間様じゃあ、負けフラグっつーんだよォッ!!」





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