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 深淵迷宮エリアの最たる難点は、時間経過に伴うにある。


 間隔スパンは五分以上、三時間以内。

 法則性は無く、完全にランダム。


 平たく言えば、アホみたいに広いのに、どんなに遅くとも三時間でオールシャッフル。下層行きの階段の位置まで変わってしまうとか。

 しかも大半のダンジョンでは、五十二階層以降でのエリアシフトは確認されていない。


 即ち、このシチュエーションが最深部の七十階層まで続くのだ。

 前後左右のみに留まらず、傾斜を上ったり下ったり道がうねっていたりと立体パズルの如き三次元的な迷宮が変幻自在に形を歪ませる状況が、延々と。


 成程、匙を投げられて当然。

 例えば『オートマッピング』なんかの地図系スキルがあったところで、こう頻繁に地形が一変すればイタチごっこ。進むどころか戻ることさえ叶わず、彷徨い果てて力尽き、ダンジョンの養分となってしまうだろう。

 迷子の末の衰弱死とか、間抜け過ぎて笑えねぇ。


 ――が。ヒルダのがあれば、話は別だ。






「分かれ道が九つ」


 差し渡しで一キロはあろう円形の広間。

 俺達が来た通路も合わせて、述べ十本の出入り口。


 更に。踏み入って間も無く階層が揺れ、道が十五本に増えた。

 これ見よがしなタイミングで選択肢を増やすな。


「ひでーなオイ……ヒルダ、どれだ」

「右から十五番目」

「つまり一番左よね、それ」


 僅かな逡巡さえ見せず、進行方向を指差すヒルダ。

 五十一階層を突き進み始めて、早数時間。

 最早、辿った道筋など覚えていないし、そもそも跡形無く変貌している。


「私、生きて戻れるかしら……」


 溜息と共にリゼが零した呟きを余所、自信を帯びた足取りで先頭を進み続けるヒルダ。


 歩く。鼻歌混じりに。

 歩く。菓子を摘みながら。


 歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて歩いて歩いて歩いて戦って歩いて歩いて歩いて休んで歩いて歩いて歩いて戦って歩いて歩いて歩いて戦って戦って歩いて歩いて歩いて歩いて戦って歩いて――


「到・着!」


 誰もが到達を諦めた五十二階層へと繋がる階段に、六時間で辿り着いた。





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