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 ヒルデガルド・アインホルンが持つスキルのうち、俺とリゼに開示された四つ。

 その最後のひとつ『ヘンゼルの月長石』。ランダム式のスキルペーパーで引き当て、ヒルダ自身が名付けた、彼女だけのスキル。


 効果は『目標への誘導』。

 グリム童話でヘンゼルとグレーテルが小石を辿って家まで帰り着いたように、習得者の望む場所や人物へと通ずる道順を示すというもの。


 八幡反転都市に居た俺を探し当てたのも、このスキル。

 対象の移動や地形の移り変わりすらも含めた最短ルートを弾き出す、限定的な未来予知や因果律解読に近い、大袈裟な口振りを使えば宇宙の理に触れたチカラ。


 ――尤も、故にこそも多いけれど。


 スキルは凡そが『代償型』か『制限型』かに分かれる。

 例えばリゼの『呪胎告知』は、発動に自身の骨肉を削らねばならない典型的な代償型。

 一方で『ナスカの絵描き』は、俯瞰視点を得られるのが己の頭上数十メートル地点のみであるという制限型。


 要は融通が利く代わりに大きな消耗摩耗を強いられるのが代償型、消耗が少ない代わりに発動条件が複雑だったり用途が限定されたりするのが制限型だ。

 まあ、全部が全部この枠にスッキリ当て嵌まるワケではないし、そもそも過半数のスキルに於いては、さほど意味のある分類でもない。

 重いリスクや制約が習得者にのしかかるのは、強い力を持つ異能だけなのだから。






「あ、戻って。戻って戻って戻って」


 長い直線通路の只中で唐突にムーンウォークを始めたヒルダ。


「なんなんだ藪から棒に」

「急にUターンをしろと、お告げが」


 俺はムーンウォークのことを言ったつもりだったんだが。


「――二人とも、あっちの壁際まで走って」

「あァ?」

「ほら早く早く」


 ヒルダが俺達の後ろに回り、急かすように背中を押す。


 深淵迷宮エリアに入って以降、何度目になるだろう意味不明な指示。

 意図の説明はされない。そもそもヒルダ自身、からだ。


「お」


 五十メートル近い横幅を小走りで駆け、向かい側の壁に着くと同時、階層が揺れる。

 それが収まると、俺達の眼前には先程まで無かった新たな道が出来上がっていた。


「成程、なぁ」

「成程、ねぇ」





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