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 赤子だった。

 あまりに巨大な、取り分け頭部が歪に大きな赤子。


 半透明の膜に覆われ、身を丸めて眠る様は、まるで胎児。

 シルエットだけなら人間のようにも見えるけれど、滅茶苦茶なサイズ感と異形の四肢がクリーチャーであることを如実に表している。


 …………。

 まさかとは思うが。


「アレが目的の獲物──段階も条件も全無視でカタストロフのを強制的に引き起こせるバケモノ、なんて抜かすんじゃねぇだろうな」

正解エサクタ!」


 小気味良くフィンガースナップを鳴り渡らせ、高らかに告げるジャッカル女史。

 何が正解だヅカ女。叩きのめすぞ。


 五感を巡らせれば分かる。奇怪な空気こそ漂わせてるものの、アレに戦う力など無い。

 こちとら世界を危機に陥れるレベルの怪物と闘り合えるってんで、今回の話に乗ったんだぞ。


「あんなの縊るために腰を上げたワケじゃねぇ。話が違う」

「てへっ」


 お手本のようなテヘペロ。どうやらサンズ・リヴァーを渡りたいらしい。

 望み通りにしてやろう。辞世のハイクを詠むがいい。


「やめなさい唐変木」


 ぐえー。






「そもそもオレは強敵と戦えるなどと言った覚えは無いぞ。危険因子の駆除、そんなニュアンスで標的の特性を伝えた筈だ」

「あァ? …………確かに」


 ジャッカルの語りは長い上に回りくどいもんで半分以上を聞き流し、エロい身体の鑑賞に励んでたが、よくよく思い返せばその通りだ。

 クソッタレ。まんまと掌で転がされた。


「流石探索者シーカー界きっての策士。俺を出し抜くとは、やるじゃない」

「単にアンタが人の話を聞いてないだけでしょ」


 リゼちーてばド正論。

 なんも言えねぇ。


「はーっ……マージーかーよー」


 ともあれ、俺のワクワク度は日経平均もビックリな勢いで大暴落。株とか欠片も興味ねーけど。

 今の心境を例えるなら、差し詰め正月の初売りで長蛇の列に並んだ挙句、寸前で目当ての品が完売した気分。


「……ま、いいか」


 道中はボチボチ楽しかったし。

 ここまでの冒険が何よりの宝、みたいなノリで納得してやろう。


「しゃーなし。さっさと片付けるか」


 双腕を擦り合わせ、ギャリギャリと火花散らす。

 低く身構え、磨り潰すように踏み込む。


「豪血」


 動脈へ奔る赤光。躯体に充ちる膂力。

 足先で噛んだ石畳が罅割れ、弾ける。


「クリーチャーとは言え、赤ン坊。無惨な骸に変えちまうのは慈悲深い俺としちゃ胸が痛むぜ」


 綽々と音を置き去り、跳ぶ。


「くたばりやがれ」


 引き絞った右腕。振り被った五爪。

 繰り出した一撃は、濡れた薄紙を裂くかの勢いにて、異形の赤子を喰い千切る。


「――あァ?」


 筈、だった。





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