蒼血の迷宮狂い

竜胆マサタカ

1






 ──楽しめなけりゃ、ぐずぐず生きてたって仕方ねぇ。






 世界に『ダンジョン』が現れたのは、西暦二〇二六年のこと。


 山、森、谷、海、空、町。

 如何を問わず、都合など鑑みず、あらゆる場所に突如と聳えた、九百九十九の迷宮。

 その存在は遍く国家に震撼を奔らせ、常識と理を引っ繰り返した。


 今じゃ『事象革命』だのと大層な呼ばれ方で、小学校の教科書にも載せられるようになった日から、きっかり四十年。

 黎明期の紆余曲折を経た末、地球文明はダンジョンより汲み上げられる多くの恩恵を啜り、栄華の時代を謳歌していた。






 いつからだ。

 見るもの聴こえるもの感じるもの、全てが無性に苛立つようになったのは。


 ──自問するまでもない。最初からだ。


 物心ついて以来、ずっと探索者シーカーに憧れてた。

 別段、珍しい話じゃない。凶暴な怪物と戦い、複雑怪奇なダンジョンを攻略する。多くの子供が目を輝かせる職業だ。


 けれど。俺には無理だと思い知らされた。

 二千人に一人の先天的才能。探索者シーカーとなるための大前提である『スロット』を持って生まれられなかった。

 望む道に進めるか否かは、母親の腹の中に居た時点で既に決まっていた。


 よくある話だ。まあまあの奴等が人生で最初に味わう挫折だ。

 そして俺も、そんな、その他大勢の一人に過ぎなかった。


 あと数年もすれば──実際にやるかやらないかは置いといて──喉から手が出るほど望んだ剣と鎧ではなく、着たくもない背広を着込んで社会に出なければならない。

 ひとつだけ逆転を図る方法はあれど、それには多額の、しかも真っ当な金が要る。

 二十歳そこそこの単なる学生風情には、およそ逆立ちしたって用意出来ない額だ。


 故に。今日というへと、心の底より感謝を捧ぐ。


 平日の昼に訪ねた銀行、受付で見せた紙切れ、通された奥の一室。

 内心、歓喜による震えを抑えることで精一杯な俺の胸中を知ってか知らずか、縁無し眼鏡を掛けた銀行員が深々と頭を下げ、こう言った。


「此度は一億円の当選、おめでとうございます」


 ああ。吐き気を催すほど退屈な、生きてすらいなかった生に終止符を。

 随分と遅蒔きになってしまったけれど。今日ここから、始めてみるとしよう。


 この俺――藤堂とうどう月彦つきひこにとっての、意義ある人生ってやつを。






 …………。


「あー。口座番号忘れたんで、出来れば現金で持って帰りたいんですけど」


 大きめのビニール袋とか貰えたりします?





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