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約束の一時間は、瞬く間に過ぎ去った。
甲府迷宮と違い、軍艦島は二十番台階層に入っても面積は前のエリアと大差無いため、特に問題も起こらず二十二階層へと続く階段に集まった俺達。
「じゃあ二十一階層での成績発表」
気だるい調子で手を叩き、もそもそとチョコバーを食べながらリゼが告げる。
「……途中経過なんざ、どうでも良くね? さっさと下りようぜ」
「まあまあ、いいじゃない。はい表示」
リゼの腕輪型端末が、二十一階層で倒したクリーチャーの内訳と合計討伐ポイントを手元に投影する。
体内ナノマシンの五感取得情報解析による自動集計システム。ちくしょう文明社会め、いらん機能を。
渋々、己の結果を映す。
双方の空間投影ディスプレイが示す内容を見比べ……歯軋り。
「あら月彦、アンタ割と慎み深いのね」
カシマレイコが何故か脱兎の如く逃げ出したので追い回す羽目にならなければ、更に二割は稼いでた。
さりとて、ダンジョン攻略に於いてアクシデントは日常茶飯事。手早く片付けられなかった俺が悪い。
第一そこら辺の諸々を上乗せしても、たぶん微妙に負けてる。
「クソッ! まだだ、次行くぞ次! 過ぎたこと振り返っても意味ねぇんだよ!」
「過去を差し替えられる男が言う台詞じゃないわね」
初回となる此度のアタック予定は二十三階層まで。
即ち勝負は、今日だけでも残り二回。
それを勝ち抜けば良い話。精々、今のうちに鼻を高くしておけ。ヘシ折ってくれるわ。
「ま、からかうのはこの辺で勘弁してあげるわ。行きましょ」
「おう」
いや待て。ちょいタイム。
「リゼ。手ぇ見せろ。右手だ」
ギチギチに巻き付いたベルトの隙間を縫う形で裂けた、スライムスーツの右袖。
鋭利な切り口の内側には包帯が巻かれ、薄く血を滲ませている。
「怪我したのか」
「『飛斬』の疲労に慣れなくて、うっかりね。薄皮一枚切られただけよ」
筋力向上が主であり、防御面に割り振られたリソースは決して高いと言えないものの、そこらの安物防具と比べれば遥かに頑丈なスライムスーツを貫けるほどの刃物を持ってるのは、この階層で見かけたクリーチャーだとスラッシャーくらいか。
大鎌もナイフも傷口を念入りに消毒しなければ破傷風になりそうな衛生状態だったが……『消穢』がある。止血だけで十分だな。
とは言え、その止血も既に、いや最初から無用だが。
「行こうぜ」
「ええ」
手を離し、こっそりと『リゼが怪我をしなかった過去』に差し替える。
痕跡も全て消したため、痛みの消えた右腕にも破損した装備の復元にも気付かず、俺と並んで階段を下りるリゼ。
「つまんねぇ怪我には気を付けろよ」
「いきなり何? 好きこのんで怪我なんかしないわよ、マゾじゃあるまいし」
それもそうか。
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