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圧倒的強者とは、ある意味で哀れだ。
遥かな地平を見渡せど、そこに立つのは十把一絡げの雑草と雑魚ばかり。
拮抗も、接戦も、死地も、死線も、凡そ縁遠い対岸の出来事。
何の調味料も施さず仕上げた料理を口にするかの如し、退屈な生。
甘味も辛味も希薄極まる、空虚な咀嚼を繰り返すだけの渡世。
そういう視座で見据えたなら、俺は出自に恵まれたとすら謳えるだろう。
初めから強かったワケではない、野良犬にも劣る脆弱な青い血袋。
先天的な闘争への渇望と希求に突き動かされ、地べたを這いずり、技巧を磨き、骨肉を育み、傷を積み重ね、無数の死を垣間見続けた半生。
もうロクに覚えてねぇし、齢幾つを数える頃には単なる人や獣に拳を振るったところで苛立つ一方と成り果てていたが……それでも、そうなるまで、俺は同種の内でさえ弱者の側だったのだ。
──然らば。この光景も、順当と呼べよう。
〈グ、オォ……〉
再生核を砕かれ、受けた傷を癒せず、満身創痍となって横たわる妖狐。
脳と心臓の役割を担う十三の器官を潰し、漸く大人しくなりやがった。
〈何故……何、故、
溶け始めた
吹き散る炎に混ざって響く、怨嗟の声。
人間など。人間如き。
延いては三千世界の大概を同様に扱き下ろせる埒外なチカラを備え、生まれ出た怪物。
──だからこそだ、と言葉を返そう。
「経験値の差だよ」
鉄火を浴びず、修羅場を潜らず。
初めから度を越して強過ぎた所為で、どう足掻こうとも知り得ぬ感覚。
「同格どころか、戦いの体裁を装える敵すら居なけりゃ、ま、むべなるかな」
生命の危機、背水の陣、一か八かの大博打。
要は本気の先、全力の向こう側に聳える死力。
その尽くし方が、絞り出し方が──絶対強者であるがゆえ、このバケモノ様には分からないのだ。
「つっても、少なくとも一度は死を伴う戦場を味わったろうに」
斬ヶ嶺鳳慈との衝突が如何なものであったかは計りかねるが、どうやら何も学んでいない模様。
命のストックなど持ち合わせるがための、至極当然な傲慢、か。
「どんな強みも、翻せば弱みに転ず。遍くは一長一短」
…………。
よし。八割方ブッ壊れた身体の修繕は終わった。
骨も肉も炭化したり蒸発したりで殆ど使い物にならなくなってたが、樹鉄との融合を遂げた今なら即座の再生とて容易い。
もう
再生に際し隙あらば支配権を奪いに来る貪欲さも、なんだかんだ気に入ってるし。
「さァて」
アラクネの粘糸で直に五体を操り、右腕をもたげる。
五爪へと熱量を収斂させ、触れるもの全て滅す刃と成す。
「第一ラウンド、終了」
振り下ろし、妖狐の首を断つ。
併せて尾が一本、スフレのように脆く崩れ、消え失せる。
そして──唐突な限界を迎えた俺もまた、膝をついた。
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