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 俺の顔を余さず覆えるほど大きいくせ、やたら柔らかい女の手。

 背後から抱き締められ、万力のような力で引き込まれる。


「て、めぇ……ッ!!」


 尖った爪の生え揃う長い指の隙間から覗き見える、粘着質な笑みを浮かばせた八尺様の姿。

 咄嗟に『豪血』を発動させようとするが、深度を上げた跳ね返りで反応が鈍い。


 ――成程。ずっと俺の隙を伺っていたのか。

 ダンジョンに踏み入った瞬間から感じていたコイツの視線。ここへ潜るまでの間に慣れてしまい、警戒が薄れていた。

 完全に、してやられたってワケだ。


 マズい――攫われ――


「そうは問屋が卸しゃん」


〈ギッ!?〉


 銃声。くぐもった悲鳴。一瞬だけ動きが止まる。

 しかし抱える力は緩まない。二発三発四発五発と連射を受けても、次弾以降は怯みさえしなかった。


「まずか。アレば想定して作っとらん、弾ん威力が足りんばい」

「……いいえ、十分よ」


 遅ればせ『豪血』を発動。力尽くで拘束を抜ける。

 直後。大鎌を振りかぶったリゼと、目が合った。


「『呪胎告知』……『イツツキ流斬ナガレ』……!!」


 狂った笑い声に似た音色を帯びた、飛ぶ斬撃。

 俺の脇をすり抜けたそれは、狙っていた胴を庇った八尺様の左腕を、ひどく硬質な響きと共に斬り飛ばした。






「助かった。感謝するぜ」

「なんでんなか。それに、うちが居らんだっちゃ、どげんかなった」


 そいつはどうだろう。

 あの銃撃が無ければ、俺の『双血』もリゼの『流斬ナガレ』も、果たして間に合っていたかどうか。


「……月彦」

「おう。見事に腕ぶった斬ってやったな」

「ホントは腹を掻っ捌くつもりだったんだけどね」


 互いの腕輪型端末を、軽くぶつけ合う。


 片腕となった八尺様は、怨嗟の雄叫びを上げた後、姿を消した。

 俺への視線も剥がれている。だが死んではいない。あの程度で死ぬ筈もない。


「てめぇのテリトリーに戻ったか。舐めた真似しやがって、このままで済むと思うなよ」


 四十一階層への階段を睨み、増血薬を呷った。

 回復次第、すぐにでも後を追ってやる。






「うちゃ上ん人達にフロアボス討伐ば知らしぇてくるけん。下に向かうなら気ば付けて」

「ああ、ごゆっくり。確かコトリバコはリポップまで二時間ぐらい掛かる筈だし、暫く大丈夫だろ」


 すっかり博多弁を取り繕うことも忘れ、来たばかりの道を再び戻って行く博多の女。

 ……そう言えば名前聞いてねぇ。


「まあいいか。リゼ」

「ん」


 チョコバーの袋を開けながら、リゼが俺を振り返る。


「締まらねぇ流れになっちまったが……頑丈さは折り紙付きのコトリバコは、あの有様。ついでに八尺様も、お前が片腕バラしちまった」


 差し当たり、歯形は付いた。


「まだ無理だと思うか?」

「……どうかしらね。ただ」


 ひとつ間を挟み、大鎌の石突きで足元を叩くリゼ。

 その眼差しから、弱気な色は消えていた。


「少なくとも、やる気は出て来たし――腹も立って来たわ」





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