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〈ハァ……ナンテ、イマイマシイノ……〉


 深い項垂れと共に、女巨人は割れた水晶玉を転がすように捨てた。

 その中では、森や海などの様々な風景が浮かんでは沈み――やがて、灯りが落ちるように消え去る。


 ……俺達が散々に迷い歩いた迷宮は、平たく言えばコイツが作っていただ。

 スキルが発動しなかったのは、とどのつまり、そういう道理。

 実在しないものに『ウルドの愛人』は使えないからな。


 まやかしの中に下へ向かう階段など存在しないため『ヘンゼルの月長石』も封殺された。

 あれは、あくまで道順を示すスキル。道自体が無ければ効果を発揮しない。


「しみったれた真似しやがって」


 そんな軽口を叩きつつ、俺は背筋に冷や汗が伝うのを感じていた。


 なんだコイツ。明らかにヤバい。

 けたたましく警鐘を鳴らす本能。肩を貸したままのリゼに伝わらなければいいが……生憎バレてるだろう。案外と周りを見てる女だし。


「月、彦」


 ほら気付かれた。あーカッコ悪。


 カロリー不足以外の理由で青褪め、震えるリゼ。

 強めに抱き締め、優しく髪を撫でてやると、少しだけ収まった。


「中々に、まずいね……」


 一方、引き攣った無表情で臨戦態勢を取るヒルダ。

 俺達よりも多くの修羅場を積み上げているだけあり、対手の危険度を十二分に掴んでいるらしい。


「……これが、六十階層の、弱体化無しのフロアボスか」


 装備の面でも力量の面でも、現時点の俺じゃタイマン勝ちは相当な難題だ。

 笑いも起きねぇくらいに最高過ぎるな、オイ。






 身構える此方の動向など気にも留めず、億劫げな所作で以て女巨人は立ち上がる。


〈バカミタイニ、マヨイハテテイレバ、ヨカッタノニ……〉


 緩慢な所作。あからさまに隙だらけな格好。

 だが、先手を仕掛ける好機だとは全く思えない。欠片ほどさえも。


〈コザカシク、デテクルカラ……ワタシガ、アイテシナクチャ、イケナイジャナイ……〉


 再度の、盛大な溜息。


〈メンドクサ……〉


 此方の油断を誘おうとする類のブラフではない、心底からの言葉。

 今まで戦ってきたクリーチャーとは根本的に格が違うのだと一瞥で理解させられる、上位種の立ち居振る舞い。


「……なら、素通りさせてくれても構わないんだよ」


 萎えること言うなやヒルダ。

 本当に通してくれたら、どうする気だ。


 そんな俺の懸念は、しかし刹那の内に溶けて消えた。


〈メンドクサイカラ……ハヤク、オワラセルワ〉


 ヒルダの言なぞ虫の羽音に等しいとばかり、緩慢と振り上げられた両腕。


 同時、虚空より現れ出でる二本の剣。

 それを女巨人が握った瞬間、黒く色付いた力の奔流が剣身を覆った。


〈マズハ、オマエ〉


 雷光の如く落ちる一閃。

 狙われたのは、リゼ。


「ッ――」


 リゼは対応しようと動きかけるも、険しい目で歯噛みした。


 悟ったんだろう。無意味だと。

 俺にも分かる。あの剣は『幽体化アストラル』では躱せない。


 咄嗟、太刀筋に割って入った。


「豪血――」


 『鉄血』では駄目だ。幾ら身を固めたところで、素の身体能力じゃ到底受け流せん。


「――『深度・弐』――」


 樹鉄刀で剣身の側面を叩く。

 僅かに逸れる太刀筋。間一髪、兇刃を免れた俺とリゼ。


「…………チィッ」


 だが、その代償は軽くなく――右腕の骨が殆ど全部、籠手ごと砕けた。





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