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「――――ああぁぁぁぁああぁぁっっ!!」


 獣じみた咆哮。狂った笑い声に似た風切り音。

 問答無用の無差別破壊が、リゼを中心とした半径数十メートルの空間に波及する。


 唯一の安全圏は、横薙ぎ一回転で振るわれた大鎌の刃の内側。

 呪いの猛威が及ばぬ楽土に身を置いていた俺とヒルダ以外、階層の一角が丸ごと抉り取られる。


 そうなる筈だった。

 そうならねばならない筈だった。


 けれど。


「はぁ……はぁっ……は?」


 周囲に撒き散らされた赤とも黒ともつかない呪詛が霧散し、晴れた視界に映った光景は、全くの無傷。

 これには流石のリゼも面食らい、息を整えることも忘れ、唖然と立ち尽くす。


「嘘だろう、どうなってるんだ……?」


 明らかにおかしい。そうヒルダが呟く。


 然り。この結果は異常だ。

 何せ『呪胎告知』は体重一キロ分の骨肉などという、よくよく考えれば相当キツい代償と引き換えの一撃。

 いくら深層の構造物と言えど、意にも介さずとは行くまい。


 故にこそ俺は、己の推測と勘が正しかったのだと確信した。


「……アホくせぇ」


 タネが割れてしまえば単純明快な話だった。

 こんな子供騙しに長々と時間を費やす羽目になるとは。失笑も湧かん。


 しんどそうなリゼの肩を抱いて支えながら、視線だけ其処彼処に巡らせる。

 探しものは、程なく見付かった。


「ハハッハァ」


 よーく目を凝らせば漸く視える程度の、微かな空間の揺らぎ。若しくは孔。

 リゼの『呪胎告知』によって刻まれた爪痕。


 まあ、当たり前だ。

 ダンジョンという底知れぬ供給源を抱えていた都市伝説系最強の女怪、八尺様。

 あの無尽蔵の呪詛とも称すべきクリーチャーの、全力の護りすら打ち破った出力。

 それをバラ撒けば、くらい容易かろう。


「豪血」


 顎先が床を掠めるような前傾姿勢で揺らぎへと迫り、強引に掴む。

 あとは力尽くだ。


「呪血――『深度・弐』――」


 赤から黒へと切り替わった、動脈を伝う光。

 その深みが、一層に増す。


 やがて揺らぎを起点に空間が割れた。

 ばりばり、ぱりぱりと音を立て、亀裂は瞬く間、見渡す限りを奔り抜ける。


「ゴリ砕けろ」


 弾け飛ぶ。

 爆ぜた鏡の如く、の風景が破片となって落ちる。


 最後に残ったのは、壁や天井の材質こそ先程までと変わらないものの、すっきりと開けた、だだっ広いフロア。


 そして。


〈…………ハアァッ〉


 階層の中心で気だるそうに横たわり、二つに割れた水晶玉を抱いた女性型の巨人。

 ようやっと、フロアボスとの御目見えってワケだ。





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