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「あ」

「あら」

「おー」


 あてど無い行脚。その間に五つばかり偽リゼを縊り、いい加減飽き飽きしてた頃合。

 階層全体が揺れ動き、構造を変化させると同時、ばったり目の前にリゼとヒルダが現れた。


「……またか。大概、勘弁願いたいね」


 サーベルごと両腕を不可視化させ、身構えるヒルダ。

 一方リゼは大鎌の切っ先を引き摺り、やがて邪魔っけに投げ出し俺の前へ。


「ちょ、リゼ何を――」

「やっと見付けた。手間かけさせて」

「そりゃ互い様じゃね? なんなら探し回った範囲は俺の方が遥かに広いだろうよ」


 軽口混じり、腕輪型端末同士を打ち合わせる。

 機嫌良さそうに薄っすら微笑むリゼの後ろで、ヒルダが怪訝と困惑の入り混じった表情を浮かべていた。


「……本物?」

「ええ」

「…………なんで分かるの?」


 得心行かぬとばかりの口舌。

 対し、リゼは己の胸元を撫ぜながら、物分かりの悪い生徒を優しく教える教師のように言った。


「偽物は、きゅんと来なかったもの」






「ん、んん……やっぱり駄目だ」


 双眸を開き、瞳に諦観の色を漂わせたヒルダが、此方まで気の滅入る溜息を零す。


 さりとて、それも無理からぬ話。

 この六十階層にて最早何度も試したろう『ヘンゼルの月長石』の発動。

 その数だけ失敗を重ねれば、溜息のひとつも落ちるというもの。


「月彦」


 合流以降ずっと俺の裾を掴んだままのリゼ。

 此方を見遣る凪いだ眼差しに、ゆっくり首を横へと振る。


 ――『ウルドの愛人』でどうにかならないの?

 ――出来るなら、とっくにやってる。


 今し方のアイコンタクトを言葉に起こすなら、こんな塩梅か。


 俺の返しは予想の範疇だったのか、リゼは特に落胆した風も無くガムを噛み始めた。


 ……いやはや。運良く合流出来たワケだが、依然と状況は停滞中。

 唐突に道標を失ったことで、深淵迷宮エリア本来の難易度を思い知らされている。

 フロアボスの領域ゆえ通常クリーチャーが現れないのは、せめてもの幸いか。


 つか……そもそも何故『ウルドの愛人』や『ヘンゼルの月長石』が使えない?

 その理由は、なんだ?


「ん?」


 ふと気付く。リゼやヒルダ、そして俺自身には『ウルドの愛人』が使えることを。


 やはりスキルが封じられているワケではない。

 階層そのものを対象に据えた場合のみ、発動しない。


 ……いや。いや、いや、いや。

 或いは単純に、では?


 もし、そうであるならば。考え得る可能性は。


「駄目で元々だ、試してみるか……リゼ」

「ん」


 隣でガムを噛んでたリゼが、視線だけ俺に向ける。


「『呪胎告知』で、ここらを吹っ飛ばしてくれ」





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