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〈クフッ、アハハッ……〉


 等間隔で羽搏く氷翼。

 鱗粉の如く舞い散る細雪。


 瞬く間に凍え、鎖されて行く、石畳の地平に鳥居が乱立した異彩のセカイ。

 抗う猶予も与えられず氷像と化す、国の二つ三つ容易く滅ぼせる熱量を備えた怪物達。


 延いては、このエリア特有のギミック。

 特定の領域へと踏み入った者を神隠しさながらに消失させる仕込みすら、静止する。


〈Raaaa〉


 絶凍竜妃フォーマルハウト。

 ライブラリ曰く、討伐不可能指定クリーチャーに準ずる脅威、超過種の一。


 最盛を取り戻した彼女が此処に在り、心臓を脈打たせている。

 ただそれだけで、全てが停まる。


「月彦、アレなんとかしなさいよ。寒いわ」


 溜息混じり、リゼに苦言を呈された。

 

 肌身を突く外気温は、セ氏マイナス二百度ほど。腕輪型端末が示す数字も大体同じ。

 フォーマルハウトの機嫌が良いためか、まだ暖かい方だ。


 とは言え、およそ真っ当な生物が活動出来る値ではない。

 俺もリゼもヒルダも五十鈴も、各々の手段で凍結を免れているものの、現状を快適か否かで問われたなら、まあ後者だろう。


「ショーコ見て。火が凍っちゃった」

「意味分からん、なんで燃焼それ自体が凍るったい。これやけん高難度のボスは……」


 熱力学を筆頭、物理法則の数々を当たり前のように振り切った現象の数々。

 根源的に相容れぬ存在、ルーツから異端なのだと謳わんばかり、八方に蔓延る冷気。


「ったく。参るぜ」


 地上へ置き去るワケにも行かなかったゆえ、こうしてが……いやホント、どう片付けたもんか。


「豪血──『深度・参』──」


 差し当たり、脚を一本、千切ってみた。

 せめて怯えた表情くらい向けてくれれば、心置きなく殺し合えるのだけれど。


〈アグッ──アハッ、アハハッ、アハハハハハハッ! アア、王、妾ノ王! 妾ハ妃、其方ノ玩具! ドウゾ好キナダケ、バラバラニ切リ刻ンデ!〉

「駄目だ、こりゃ」


 悦ぶばかりで話にならん。しかも四肢の欠損程度、高速再生で即治るし。


 ほとほと困り果て、ついでに小腹も空いた、

 捥いだ脚。鱗で覆われながらも女の輪郭を描いた生き血滴る太腿を齧り、咀嚼する。


「──お。割とイケるな」


 戦闘中、気の昂ぶりで女怪の血肉を摘んだことは時折あれど、大抵ひどく不味かった。

 なので思いがけぬ美味に、そう呟いてしまう。


 食らいたくば幾らでも、と余計フォーマルハウトが喧しくなった。

 無敵かコイツ。


「私もお腹空いた。パフェ出してパフェ」


 リゼまで駄々こね始めた。

 別に構わんが、たぶん外気に晒したら秒で凍るぞ。





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