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 ………………………………。

 ……………………。

 …………。


「で? 何か気の利いた言い訳はあるのかしら?」


 大鎖鎌を肩に担ぎつつの、とても平坦な問い掛け。

 なるべく目を逸らし、沈黙で間を稼ぐ。

 多くの人は、こういうアクションを悪あがきと呼ぶ。


「ほら、はーやーく。どうせ無いでしょうけど、はーやーく」


 かれこれ二年余りも共に過ごしていれば、声色とか細かい仕草とかで機嫌の良し悪しは大体分かる次第。

 ちなみに今回は相当キてる。具体的には先々月『リゼの』と書いてあるプリンを無断で食われた時くらいのボルテージ。

 あの時は下手人の地縛霊が寸刻みにされてた。食い物の恨みは恐ろしい。


「大変だねツキヒコ」

「絶対に許さんぞ、ヒルデガルド・アインホルン」

「ぶ、げほっげほっ! なんで!?」


 啜っていたコーヒーを吹き出し、咽せるヒルダ。

 確たる理由など非ず。強いて言うなら、ただの腹立ち紛れだ。


「つーきーひーこー」


 はい。






 たっぷり五分は至近距離で睨まれ、淡々と説教を受けた。

 九十分で世界が終わるのに、何やってんだろ俺達。


 つーか。


「おいコラ凸凹コンビ。他の連中はどうした」


 六趣會全員を呼んだ筈なのに、シンゲンとハガネ以外の姿が見当たらない。


 ジャッカル女史、カルメン女史、キョウ氏……あと一人、誰だっけか。

 ともあれコイツ等は六人のチームだ。にも拘らず二人だけとは、如何なる了見か。


「…………ッッ」


 質問に対し、返答は歯軋りの音。


 砕けた奥歯を血と一緒に吐き捨て、佩いた刀の柄を握り締めるハガネ。

 そんな光景を尻目、シンゲンが俺の耳元でコソコソと事情を話す。


「実はキョウとカルメンの件で揉めててよ、ジャッカルに至っては入院中だ。灰銀もカルメンを殺す殺すの一点張り、とても地下牢から出せるほど落ち着いてねぇ。俺様達だけで勘弁してやってくれ」


 そりゃ大変。ご愁傷さん。

 寧ろ、よく顔を出せたな。特にハガネは当事者だろ。


「荒事に駆り立てれば多少は気も晴れるだろうって、ジャッカルがな」


 成程。あとはカルメン女史と物理的な距離を置かせるため、ついでにもし癇癪を起こした際は武力で対抗出来るシンゲンとツーマンセルを組ませておくため、てとこか。

 獣の手綱を引くのは大変だな。心中察する。


「把握。そんじゃ、u-a達の方は頼むわ」


 世界全域に広がる『聖歌ソング』のチカラで今以上の侵食こそ抑え込んでいるものの、既に呑まれてしまった空間からは続々とクリーチャーが溢れる有様。

 あと四半刻も経てば、拮抗の元凶たるシンギュラを排するべく押し寄せて来る筈。


「本当は俺達の仕事なんだが、生憎と総出で別件に回る必要があってな」

「いやまあ、どーせ暇だし全然構わんけどよ……」


 可能な限りを見てしまわぬよう、注意深く指差すシンゲン。


「奴さん。どう始末をつける気だ?」


 示した先には、フェンスに脚を組んで腰掛けるフォーマルハウトの姿。


 俺へと控えめに手を振る人竜。

 その存在は、正直なところ全くの想定外で……些かばかり、悩みの種だった。





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