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低く、低く。殆ど顎が土に触れるまで、手をつかず体勢を落とす。
「豪血」
スキル発動。動脈を赤光が伝う。
ほぼ地面と平行に駆け、四十二回、虚空を跳ねる。
そうして、およそ一秒。
辿り着いた先には、頑健極まる骨格に厚い筋肉の鎧を纏った、七尺超えの巨漢。
「──『深度・弐』──」
六趣會『地獄道』シンゲン。
フィジカルとタフネスに於いて『深度・参』状態の俺をも跨ぐ、極めて希少な生物。
人類という枠組みに限定すれば、恐らく古今東西で唯一無二の存在。
「んむ?」
「ハハッハァ」
右腕を引き絞る。
土手っ腹に、貫手を撃つ。
樹鉄と混ざり、女隷を纏った、攻撃の意思と共に触れるだけで大概の物質を断つ指先。
「ぬぅん!」
接触の瞬間、シンゲンが力む。
ひと回り、体格が膨れ上がるほど。
──およそ、多量の水分を含んだ人体とは思えぬ感触。
貫くどころか、弾き返された。
「おォ」
骨と肉の潰れる音。
人差し指、中指、薬指が拉げる。
アラクネの粘糸で整形。然る後、着地。
ついでに手首を抉り、その出血で女隷も直す。
……まだ足りない、か。
「いきなり何しやがる」
怪力無双の象徴、丸太もかくやな剛腕を組み、此方を眇めるシンゲン。
どうやら今の
確かに『深度・弐』とかナメてたわ。慇懃無礼、ごめんなソーリー。
「かろろろろろ」
喉を鳴らし、四つ足となる。
十指を突き立て、頭側に体重をかける。
尚この姿勢、却って動き辛くないのかと昔リゼに聞かれたことがある。
もしそうなら、わざわざやらんわ。
そも空手だのボクシングだの、ほぼ全ての格闘技の構えは、あくまで只人の身体能力や関節可動域を想定して考えられたものに過ぎん。
こちとら爪先に少し力を篭めればビルより高く舞える上、宙を蹴り付け跳ね回るのも容易い。アラクネの粘糸を使えば、肉体構造的に不可能な動きも能う。
なので正直、どう身構えても殆ど変わらない。
必然的に気分優先。四つ足は割と気に入ってる。
「おうおう『魔人』のアンちゃんよぉ。出会い頭に一撃たあ、なんの冗談だ」
「『縛式・纏刀赫夜』」
蔦状の樹鉄が全身を突き破り、外殻と成る。
それに際し、どさくさで内蔵を喰おうとしたため、がちりと歯を打ち鳴らす。
大人しくなった。どうせ手向かうなら、もっと粘れや。張り合いの無い。
「……問答無用ってか。いいぜ。よく分からんが、まずは叩きのめしてやるよ」
腕組みを解き、拳を握り込むシンゲン。
代謝が活発化し始め、その体表を陽炎が覆う。
知覚を焦がす熱量と引力。
最早、人間と言うより、人型に圧し固められたエネルギーの塊に近い。
これで異能の類は未使用とか、バグだろ常考。
「ハハッハァ」
まあいい。コイツの由来にも仕組みにも、興味は無い。
肝心なのは、ちゃんとバグじみて、俺を脅かせるくらい強いか。その一点に尽きる。
「豪血──鉄血──」
久々の全身運動。昂ぶる昂ぶる。
フォーマルハウトをハガネに取られちまった分くらいは、楽しませてくれよな。
なんなら、おかわりも大歓迎。
「──『深度・参』──」
リゼにバチクソ怒られるまで、あと少し。
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