735






 百。千。万。

 指折り数え上げるのも間怠い、夥しい太刀筋。


 非常に独特な軌跡。

 例えば『飛斬』のような、刃筋の延長線上を斬撃とは、全く違う。


 点Aにて振るった一刀を、そのまま点Bへと帰着させる斬撃。

 しかし空間転移とも似て非なる、原理としては『ウルドの愛人』に近しいもの。


 限定的な事象の置換。

 剣戟の座標を移し替えるチカラ。


 俺の『樹鉄刀・月齢七ツ』と同じ奇剣──『転生刀・妃陽丸』が持つ異能。

 煌めく白刃は其処彼処を空間ごと斬り刻み、正確無比な格子模様を形成する。


「──ブロォォォォォォォォッッ!!」


 次いで、裂帛。


 天地を揺さぶる咆哮。

 ただ一歩の踏み込みがマントルまで亀裂を奔らせ、内に孕んだ膂力を物語る。


 転瞬の溜めを経て打ち出された拳に至っては、まさしく理不尽。

 術理と呼べる一切を擲ち、身体能力任せで放った、純粋無垢な暴力。


「みゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ──」


 衝撃波を受け、ふよふよ浮いていたヒルダが空の彼方に消えて行く。

 馬鹿め。地に足を着けてないからそうなる。


〈オヤ。コレハ随分ト懐カシイ顔触レ〉


 凍り付いた時空が砕け、降り注ぐ氷片の雨。

 体内ナノマシンと腕輪型端末が再稼働し、再び視界の端でカウントを始める。


 ──同時。寒々しく鳴り渡った太刀音。


 フォーマルハウトを両断せんと迫る切っ尖。

 その皆焼の乱れ刃を堰き止める、竜鱗に覆われた華奢な腕。


 ひどく珍しい桜色の髪が、弾ける火花に遅れ、棚引いた。


〈矢庭ニ斬リ掛カルトハ……相変ワラズノ無礼者ヨナ〉

「…………うるさい、わ」


 眠気を湛えた半開きの、けれど何処か剣呑を帯びた双眸が、フォーマルハウトを射る。


 六趣會『畜生道』ハガネ。

 此度、シンギュラの護衛に呼び立てた、ボディーガードの一人。


「わたし。今、機嫌が悪いの、よ」


 互いに互いを振り払い、十歩分ほど開く距離。

 心底より忌々しげに舌打ちしたハガネが、足元の氷塊を踏み砕く。


 執拗に、何度も、何度も。


「…………きらい。きらい、きらい、きらい、きらい、きらい、きらい、きらい」


 怖っ。


「……氷なんて……当分、見たくもない」

〈何ガアッタカ知ラヌガ、妾ニ当タリ散ラサレテモ困ル〉


 ド正論。


「……ちょうどいいから、お前を殺す、わ」

〈話、通ジテオルカ?〉


 たぶん通じてない。

 そんな軽口を挟む暇も無く、再び肉薄するハガネ。


 直接斬り殺したいのか、跳躍斬撃を使わずに振るわれる妃陽丸。

 秒間数百の太刀を爪と鱗で防ぎ、併せて深く息差すフォーマルハウト。


〈――ルゥオオオオォォォォォォォォッッ!!〉


 吹き荒ぶブリザード・ブレス。

 嘗て俺が受けた時とは次元の異なる、大陸ひとつ凍土に変えるだろう出力。

 たまたま海側の方角に放たれていなければ、西か東か、日本の半分は終わってた。

 セーフ。


〈痴レ者ガ。ソウモ死ニ急グナラ、望ムママニ殺シテクレル〉

「…………死ぬのは、お前、よ」


 冷気を刀で、正面からブレスを凌いだハガネ。

 本格的に火蓋を切る闘争。こうなっては、どちらかが斃れるまで収まるまい。


「なんだかな」


 既に予めのプラン、大雑把ながら描いた流れを外れつつある現状。

 まあ、それ自体は構わん。予定は未定、アクシデントあってこその人生。


 問題は、どう軌道修正を図るか、だ。


「どーすっかな」


 ヒルダが飛んで行った先を、ちらと見遣る。

 衝撃波の勢い、アイツの体重、空中移動の加速力など鑑み、戻るまで推定数分。

 その間の退屈を、如何にして埋めるべきか。


 ……ああ。


「なんだ。居るじゃねぇか、誂え向きなのが」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る