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百。千。万。
指折り数え上げるのも間怠い、夥しい太刀筋。
非常に独特な軌跡。
例えば『飛斬』のような、刃筋の延長線上を飛ぶ斬撃とは、全く違う。
点Aにて振るった一刀を、そのまま点Bへと帰着させる跳ぶ斬撃。
しかし空間転移とも似て非なる、原理としては『ウルドの愛人』に近しいもの。
限定的な事象の置換。
剣戟の座標を移し替えるチカラ。
俺の『樹鉄刀・月齢七ツ』と同じ奇剣──『転生刀・妃陽丸』が持つ異能。
煌めく白刃は其処彼処を空間ごと斬り刻み、正確無比な格子模様を形成する。
「──ブロォォォォォォォォッッ!!」
次いで、裂帛。
天地を揺さぶる咆哮。
ただ一歩の踏み込みがマントルまで亀裂を奔らせ、内に孕んだ膂力を物語る。
転瞬の溜めを経て打ち出された拳に至っては、まさしく理不尽。
術理と呼べる一切を擲ち、身体能力任せで放った、純粋無垢な暴力。
「みゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ──」
衝撃波を受け、ふよふよ浮いていたヒルダが空の彼方に消えて行く。
馬鹿め。地に足を着けてないからそうなる。
〈オヤ。コレハ随分ト懐カシイ顔触レ〉
凍り付いた時空が砕け、降り注ぐ氷片の雨。
体内ナノマシンと腕輪型端末が再稼働し、再び視界の端でカウントを始める。
──同時。寒々しく鳴り渡った太刀音。
フォーマルハウトを両断せんと迫る切っ尖。
その皆焼の乱れ刃を堰き止める、竜鱗に覆われた華奢な腕。
ひどく珍しい桜色の髪が、弾ける火花に遅れ、棚引いた。
〈矢庭ニ斬リ掛カルトハ……相変ワラズノ無礼者ヨナ〉
「…………うるさい、わ」
眠気を湛えた半開きの、けれど何処か剣呑を帯びた双眸が、フォーマルハウトを射る。
六趣會『畜生道』ハガネ。
此度、シンギュラの護衛に呼び立てた、ボディーガードの一人。
「わたし。今、機嫌が悪いの、よ」
互いに互いを振り払い、十歩分ほど開く距離。
心底より忌々しげに舌打ちしたハガネが、足元の氷塊を踏み砕く。
執拗に、何度も、何度も。
「…………きらい。きらい、きらい、きらい、きらい、きらい、きらい、きらい」
怖っ。
「……氷なんて……当分、見たくもない」
〈何ガアッタカ知ラヌガ、妾ニ当タリ散ラサレテモ困ル〉
ド正論。
「……ちょうどいいから、お前を殺す、わ」
〈話、通ジテオルカ?〉
たぶん通じてない。
そんな軽口を挟む暇も無く、再び肉薄するハガネ。
直接斬り殺したいのか、跳躍斬撃を使わずに振るわれる妃陽丸。
秒間数百の太刀を爪と鱗で防ぎ、併せて深く息差すフォーマルハウト。
〈――ルゥオオオオォォォォォォォォッッ!!〉
吹き荒ぶブリザード・ブレス。
嘗て俺が受けた時とは次元の異なる、大陸ひとつ凍土に変えるだろう出力。
たまたま海側の方角に放たれていなければ、西か東か、日本の半分は終わってた。
セーフ。
〈痴レ者ガ。ソウモ死ニ急グナラ、望ムママニ殺シテクレル〉
「…………死ぬのは、お前、よ」
冷気を刀で捌き、正面からブレスを凌いだハガネ。
本格的に火蓋を切る闘争。こうなっては、どちらかが斃れるまで収まるまい。
「なんだかな」
既に予めのプラン、大雑把ながら描いた流れを外れつつある現状。
まあ、それ自体は構わん。予定は未定、アクシデントあってこその人生。
問題は、どう軌道修正を図るか、だ。
「どーすっかな」
ヒルダが飛んで行った先を、ちらと見遣る。
衝撃波の勢い、アイツの体重、空中移動の加速力など鑑み、戻るまで推定数分。
その間の退屈を、如何にして埋めるべきか。
……ああ。
「なんだ。居るじゃねぇか、誂え向きなのが」
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