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〈アァ、ンンッ……クフッ、クフフッ……〉
関節と逆に曲がった、左手の人差し指。
へたり込みつつ、それを愛おしげに眺め、薄ら笑うフォーマルハウト。
正味シラフとは思えん。病院だな。
いや、コイツの場合は獣医か。爬虫類専門の。
竜が爬虫類に属するかは、寡聞にして存じ上げぬけども。
〈……酷イ男ダ。コノ人デナシィ……〉
マジかよセンセー。
人外に言われたらオシマイな罵倒ランキング第四位を頂いてしまった。
〈妾ニ虐メラレテ悦ブ趣味ナド無カッタノニ……ア……モウ治ッテシモウタ……〉
乾いた音を響かせ、癒えて行く指。
高速再生。昔戦った時は持ってなかった能力。
弱体化の影響で喪失してたんだろう。超過種はリポップ後の下がり幅が極端だし。
「ふー、スペアを用意しといて良かった。なんて用意周到な僕、計画性の化身」
脊髄反射でクリーチャーのナンパに走った挙句、クルーザーが買えるレベルの対深層戦闘用機械義手を一本オシャカにした奴は仰ることが違う。
当たり前だが、褒めてはいない。
「ところでツキヒコ。なんか時間止まってるっぽい?」
「今更かよ、お前。ホント探知能力全般、死んでやがるな」
所有するスキルも、半分近い肉体の欠損を埋める機械部品も、頭に埋め込んだ演算装置も、全てが己自身へと向いた仕様。
要は窮極なまでの自分本位。他を慮るという思考が微塵も存在しない、社会性皆無な人格を体現した能力構成。
たぶん、脳味噌が壊れてるのだ。
この世に生まれ落ちた時点で。
「よしよし」
「うん?」
あんまり可哀想なので、頭を撫でてやる。
頑張れ。
──さて。
真面目な話、現状を長く放置するのは些か不味い。
リソースの全てを歌唱に注ぎ、外部情報が遮断状態にあるシンギュラリティ・ガールズ。
よって異常にも気付かず、リゼの断絶領域に護られ、歌い続ける彼女達。
併せ、その歌を伝播させる共振弾は、超越者たる五十鈴のスキルで造られた産物。
随って時間凍結下でも機能を失っておらず、けれど歌に乗せて放出されたエネルギーは、端から凍りついている。
この調子で弾丸周辺への蓄積が続けば、解凍時に発される衝撃は最早、爆弾に等しい。
地球全域での一斉起爆。そうなったら、地表は残らず消し飛ぶ筈。
カタストロフで滅ぶより先に、俺達が世界を滅ぼす羽目になる。
かなり大爆笑。
「参るね」
そんなこんな、手っ取り早く解決を図るには、やはりフォーマルハウトを始末するのがシンプルイズベスト。
ベストと言うか、奴の鼓動それ自体が無尽蔵に冷気を生み出し続けているため、寧ろ殺す以外に有効なプランとか思い付かん。
……のだが。
〈妾ヲ殺メタクバ好キニセヨ。妃トハ王ノ物。其方ノ沙汰デアルナラ、全テ受ケ容レル〉
これだよ。
肝心のフォーマルハウトに、俺と戦う意思が無い。
困る。非常に困る。無抵抗な奴の首を絞めて何が面白いのか。
「あー」
ちらとヒルダを見る。
想像の炎でビルの残骸を燃やし、平時だったら三分で消防車が飛んで来るレベルの焚き火に当たっていた。
「さむーい」
こうなったら、コイツに鉢を回すべきか。
しかし相手が全盛のフォーマルハウトとあらば、流石に余力は残せまい。
実質上の脱落。
まだ出発すらしていないにも拘らず、この段階で労働力を欠くのはダルい。
あと単純に、折角おいでなさったスペシャルな獲物を右から左で譲るとか、吐きそう。
どうにかならないものかと思案し──頭ひとつ分、スウェーバックで後ろに退く。
刹那。喉笛すれすれを疾り抜ける、ひと筋の斬撃。
「ようやっとの到着か」
重役出勤とは、良い御身分で。
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