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口元の血を拭い、樹鉄に吸わせ、下層へ続く階段を背とする形で振り返る。
結局まるまる脚一本、食い尽くしてしまった。竜ってマジ美味いのな。
〈ハアァ、妾ノ血肉ガ王ノ糧ニ……ナンタル幸福……〉
背の氷翼にて総身を覆い、その内側で悶えてるフォーマルハウトは放置。
しかし。
「最初に会った時の威厳と尊厳を兼ね備えたキャラクターはどこ行ったんだ」
可燃ゴミにでも出したのか?
「系統ってか方向性は五十鈴と同じよね。ほぼ宗教的な崇拝に近い感じ」
「ひと括りにしぇんで欲しか」
凍ったパフェに匙を通そうと悪戦苦闘するリゼの言。
対し、苦い表情で返す五十鈴。一緒くたにされたくない模様。
「信仰なぁ。ふんぐるふんぐるー、的なアレか」
「そ、ふんぐるふんぐるー的なアレ。邪教のカミサマとか、アンタにピッタリでしょ」
「あー」
ポンと手を叩いた後、思わず納得した自分に嫌気が差す。
誰が旧支配者じゃい。
「んー! んー!」
滔々と続く薄暗い石段を下る最中、何やら息み声。
見れば逆さで宙に浮くヒルダが、不抜の剣を抜こうと引っ張っていた。
「まだ諦めてなかったのか」
「ぬぐぐぐぐぐぐ……っぷはぁ! もー、どうなってんのさ本当に!」
義手の関節部が火花を散らし始めた頃合、癇癪八割で響く叫び。
力任せに叩き付けた鞘が、階段部全域に深い亀裂を奔らせる。
「やめなさいアホ。崩落して生き埋めとか御免なんですけど」
「うぅ〜、でもでもリゼ──ったぁい!?」
涙目でリゼに縋り着こうとするも、甲高いスパーク音と共に弾かれるヒルダ。
強い拒絶をスイッチとした、通常は穢れのみを払う『消穢』の効果対象拡張。
しかも最近気付いたのだが、突然身体に触れられた際は出力が極端に増してる。
確か『消穢』もまた『双血』と同じく、深化可能なタイプのスキルだった筈。
ジャッカル女史曰く、本来なら深化は自由意思による発動が不可能に等しい現象との話なので、無意識に深度を上げているのだろう。
そんなに嫌か。
「……? なに?」
「いや別に」
女隷の手袋を外し、腰に手を回す形で抱き寄せてみる。
弾かれなかった。と言うか、そもそも俺はコイツに弾かれたことが無い。
機嫌が良かろうと悪かろうと、起きていようと寝ぼけていようと、ただの一度も。
不思議だ。
──世界が終わるまで、残すところ六十分と少し。
「よし到着」
ぽっかりと開いた空間の境目。階段の終着。
その先から緩く吹き込む、物理的に押し潰されそうなほど重々しい空気。
「ハハッハァ」
リゼが担いだ大鎌で肩を叩く。
五十鈴が後ろ腰のホルスターに手を掛け、二丁拳銃を抜き放つ。
ヒルダの手元で朧火が爆ぜ、虚空から石剣が顕現する。
そして俺は──ただ踏み入った。
那須殺生石異界、九十階層へと。
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