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 光速を超えた領域ってやつは、基本的に事象の順序も整合性も滅茶苦茶だ。


 踏み込む前に走り終え、伸ばした筈の手が垂れ下がり、死んだと思えば生きている。

 歩きもせず間合いが縮み、降り注ぐ雨が天に昇り、血も流れていないのに瘡蓋が張る。


 斯様な渦中で五感を巡らせ、思い通り動き回れるのは、身体能力同様に引き上がった感覚能力や反応速度は勿論、『ウルドの愛人』の副産物である過去視の存在も大きい。


 人間が本来は持ち得ぬ特異な識覚が齎す、見聞覚知の拡張。

 そいつを取っ掛かりに混沌を見定め、この宇宙が定めた法則を押し除け、独自のルールを誇示し、闊歩する。

 如何なスキルが、如何な場面で役立つのか、本当に分からんもんだ。


「ハハッ!」


 とまあ、そんな明日には忘れてそうな蘊蓄は置いといて。


「ハハハハハハハハハッ!!」


 指を折るのも億劫な数の拳打蹴撃で以て、間断無く攻め続ける。


 樹鉄刀の根幹に植わる刃物の概念。

 異形の鎧に転じて尚、拳であれ掌であれ脚であれ、悉くが斬れ味を帯びる。

 それも濃密な呪詛を孕んだ妖刀の如し、魂まで及ぶ切っ尖。


「だァってのに、よォッッ!!」


 ドラゴンの体表を護る、何十層にも織り重なった鱗。

 一枚一枚が馬鹿げた強度。しかも砕く度に爆ぜ、勢いを殺される。

 天然のリアクティブアーマーかよ。大ウケ。


「ッとォ!」


 散発的に捩じ込んで来る反撃も、かなり厄介。

 掠めるどころか、余波だけで致命打級の破壊力。いちいち大きく躱さねばならん。

 呪縛式と『鉄血』を複合させた防御も形無し。たぶん地球が爆発したって無事で済む程度には硬い筈なんだが。


「強い弱いの騒ぎじゃねぇな、オイ」


 ハッキリ言って、まともに効いてるかさえ微妙。感覚的には、精々ミリ削り。

 傍目、それなりの勝負に見えるかも知れんが、この調子だと致命傷まで数日は掛かる。

 フィジカル差が天地。いくらなんでも難度九と難度十でスペック開き過ぎだろ。


「ドラゴンとは人の手に負えないからこそドラゴン、か」


 まさしく理不尽の体現、最強の象徴、討伐不可能の名に恥じぬ化け物。

 斬ヶ嶺鳳慈は一体どうやって、コイツと同格の九尾揃った妖狐を仕留めたんだ。

 勿論、難度十同士でも強さに多少の上下、性質や在り方の違いはあるんだろうが、こんなもん太陽を撃ち落とすのと変わらんぞ。


 ……そもそも、俺が曲がりなりにもドラゴンの攻撃を捌けているのは、惑星ほしすら挽き潰す『呪血』で動きを鈍らせてるってのも幾らかあるが、主因は別だ。


 白面金毛九尾の狐と同じく、生まれついての絶対強者であるがゆえの弱点。

 即ち、真っ当な戦闘経験の希薄さがデカい。


 つまり時を重ねるほど、向こうは


 世界滅亡のタイムリミット。俺自身の消耗限界。

 諸々考えて、長期戦は下策も下策。


「シャアァッ!!」


 が。生憎と速攻で決める方法も思い付かん。

 ジリジリ敗北に迫られるくらいなら、一か八かの大勝負に出る方が燃えるってのに。


「──あ、やべ」


 判断を誤った。


〈塵ト化セ〉


 家一件、丸ごと呑み込めよう大口を開くドラゴン。

 乱杭歯の並ぶ顎門に収斂する熱量。目を潰さんばかりの光輝。


息吹ブレス……ッ!」


 体勢が悪い。射線を外れるのは不可能。

 よって此方も息吹ブレスと『破界』で応戦するが、チャージ不足で押し負ける。


 どうにか直撃こそ免れたものの、左半身が蒸発し、文字通り煙のように消し飛ぶ。






 しかし、皮肉にも──そのミステイクこそが、趨勢を傾ける切実となった。





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