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「月彦……アンタ……かめかめビームって、アンタ……」


 心底、哀れみを帯びたリゼの眼差し。

 初めて見た。こいつの、こんな顔。


 やべぇ死にたい。死のう。


「さよならだけが人生だ」


 手刀一閃、セルフ斬首。

 完璧な弧を描き、ころころと石畳を転がるマイヘッド。


「……あー駄目だわ死なねぇ。オホーツク海を寒中水泳させられるアンパンヒーローみてーな気分」

「どんな気分よ」


 知るか。アンパンヒーローに聞け。


「ちょわああああっ!? 何してんのツキヒコぉぉぉぉっ!!」


 数拍の硬直後、慌てて俺の首を拾い上げたヒルダが、佇んだまま血を噴き出す胴へと駆け寄る。

 髪を掴んで運ぶな。


「あばばばばばば、ははは早く縫い合わせないと! 誰か糸と針!」


 針は要らん。ぬいぐるみかよ俺は。

 そして糸なら、既に全身余さず巡ってる。


「俺、復活」

「生きてたああああ! 良かったよぉぉぉぉっ!」


 薄っぺらいくせ、バカ硬い鎧姿で抱き付くんじゃねぇ。

 損した気分になるだろ。






 べそべそ泣きじゃくるヒルダを引っ剥がしていたら、何やら神妙な顔をしたジャッカル女史と目が合った。

 どったのセンセー。


「……『魔人』殿。先程の技……かめかめビームを使う時は事前申告を頼む。すこぶる危ない」

「次、その名を口に出した奴は、誰であれ叩きのめす」


 人生有数の黒歴史だ。一刻も早く忘れたい。


「かめかめビーム」

「秒で忠告を無視するたぁ中々に見上げた根性で御座いますなリゼちー。ナメてんのか」

「褒めても良いのよペロペロ」


 ナメられた上に褒めろってか。

 そういうナマ抜かす奴は、高い高いの刑に処してくれるわ。


「豪血」


 からのスローイング。

 上空八百メートルまでの楽しい旅をプレゼントだ。


「ふはははは! 俺を怒らせたら痛い目を見る! ちったあ反省しやがれ!」

「『魔人』のアンちゃん、今すんげぇ投げたな」

「既に受け止める姿勢取ってますし、随分と至れり尽くせりな刑罰ですねぇ」


 外野のダダ漏れなコソコソ話は捨て置き、落ちて来たリゼを確保。

 さぞ肝を冷やしたろうと覗き込めば、澄んだ真紅の瞳が此方を見返す。


「もう一回」

「アトラクションと勘違いしてねーか、お前」






「では諸君。面倒な障害は排除された。あまり時間も無い、先を急ごう」

「つい十秒前まで遊んでた人の台詞とは思えないね、フラウ・ジャッカル」

「遊んでたのはテメーも同じだろヒルダ」


 三度リゼを投げ、僕も私もと列を作り始めたヒルダ、カルメン女史、ジャッカル女史も二度ずつ投げた後、仕切り直し。

 u-aの舌打ちが無ければ、もう一周あったかも分からん。どいつもこいつも緊張感ってもんが無くて困るぜ。


「幸い『魔人』殿の手により、好都合な道が出来た。ここを通れば危険なギミックを避けて歩く手間も省ける」


 因果応報ビーム(正式名称未定)を受け、一直線に抉れた石畳。

 ちょうど進むべき先と同じ方向に延々続いた、亀裂も凹凸も無い半円状の軌跡。


「ここまでは僕が『ヘンゼルの月長石』で最短ルート、逆説的に安全な経路を確保してたけど、この鳥居ばっかり続いてる階層に、一体どんな罠が?」


 ヒルダからの問いに足を止め、振り返るジャッカル女史。

 次いで、おもむろにコインを取り出し、指先で弾く。


 くるくる回り飛んで行く、どこぞの国の旧貨と思しきそいつは、しかし石畳を跳ねて甲高い音を立てること無く、手近な鳥居を越えると同時――


「神隠しに遭うのさ」

「…………普通。そういうのは真っ先に伝えとくもんじゃないかな」


 全くだ。常識あんのか。

 まあ、所々で妙なノイズは、ずっと感じてたけども。


「クハハハハッ! クハハハハハハッ!」

「ホントすみません……ジャッカルの奴、説明を小出しにするタイプで……」


 高笑うジャッカル女史に代わり、低頭するキョウ氏。

 苦労とか絶えないんだろうな、この人。





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