377・Rize






 習得者わたしという座標に対し、ごく僅かな空間歪曲を引き起こすスキル『ベルダンディーの後押し』。


 そして何かの形状や性質を歪めることは即ち、それ等を固めることと同義。

 事実、私は肉体の一部を固定し、老いから脱却した。


 ……結論を掻い摘むなら、このスキルが操るのは『歪曲』と『固定』の二種類って話。

 加えて細かい制御は『ナスカの絵描き』の副次効果で強化された空間識覚が援けてくれるし、不足分の出力も『呪胎告知』で補填可能。


 つまり私は、己自身に深く絡んだ事象であれば、そこそこ融通を利かせられる。


 例えば――過去の改変だなんて巫山戯たチカラを無効化、とか。






 眼球に熱が灯る。

 少しだけ、世界の見え方が変わる。


「はあぁ。あっつい」


 急な火照りを帯びた身体を冷ますため、スライムスーツの前面を喉元から臍まで一直線に裂く。


 プレス処理したスライムスキンは、人差し指に嵌めたアーマーリング型の専用カッターで簡単に切れる。自己修復機能も備えてるから、断面同士を近付ければ何事も無かったかのように繋がる。

 お陰で着るのも脱ぐのも、今みたいな軽いアレンジも、すごい楽。


「気持ち悪……」


 晒された地肌には、じわりとが滲んでた。


 一時『ウルドの愛人』を無効化するため、嘗てその対象となったスロットを歪める影響か、今の私はスキルを使うことが出来ない。

 常時発動パッシブ型の『消穢』すら、御覧の通り沈黙中。


 けど代わりに、ひとつだけ別物を扱える。

 本来、私が得ていた筈の。が死ぬほど気に入らなくて早々に『ベルダンディーの後押し』へと差し替えさせた、名前すら定めていないチカラを。


〈ゴォ、オ……〉

「おすわり」


 ぞんざいに命じる。


「逆立ち」

〈ゴッ〉


 その通りに動くオーガコング。


「犬の真似しながら駆け回りなさい」

〈ゴア! ゴアァァ!〉


 曲がりなりにもダンジョンの主。百五十万円の討伐報酬を懸けられた賞金首が、なんて無様な体たらく。

 いっそ憐れみさえ覚えつつ、ガムを一枚噛み締める。


「っ……最悪。間違えてシュガーレス買っちゃった」


 にがぁ。






 ――『魅了チャーム』。


 自己へと向けられた情欲を何百倍にも増幅させる、女性型クリーチャーが操る魔法。

 事象革命以降四十年間、人間側で同系統のスキルは未確認だった代物。


 オーガコングの醜態を間近で見るに、いっそ実在しない方が良かったとつくづく思う。


「けどまあ、大人しくはなったわね。身悶えててキモいけど」


 ただし五分間のタイムリミット付き。

 何せ『ウルドの愛人』は強力過ぎて、あまり長く抑えていられない。


 て言うか。


「月彦。いい加減、待たせ過ぎ」


 そう呟いた直後。視界の端で、無数の岩石が八方へと砕け飛んだ。





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