376・Rize
「あんの馬鹿」
岩盤に叩き付けられた月彦の姿を目で追いながら、舌打ち混じり毒づく。
〈グルウウゥ〉
邪魔者は居なくなったとばかり、下卑た唸りを上げて此方に躙り寄るダンジョンボス。
名前は確か『オーガコング』。
けど、お生憎。
「これでも人妻なのよね。気安く触んな」
静電気の爆ぜるそれに近い破裂音。
弾かれた手を引っ込めたオーガコングは、咄嗟に私から距離を取った。
――『消穢』が害と看做すほど強い拒絶を抱いた際に起こる、効果対象の拡張。
私の場合、月彦以外の男相手だと大抵こうなる。
甘木くんあたりで、どうにかセーフ。
「強姦未遂の罪状追加」
亜空間ポケットからマゼランチドリを取り出し、一閃。
向こうも咄嗟、高周波振動で全身を鎧ったみたいだけど、強度無視の『空間斬』を以てすれば薄紙未満。
因果応報。私に伸ばした薄汚い手を躱し、懐へ潜り込み、腕ごと刎ねてやった。
相変わらず御機嫌な斬れ味。でも空間歪曲単体じゃ『飛斬』と組み合わせられないのが唯一の難点。呪詛を混ぜなきゃ無理。
〈ゴ、ゴガッ、ゴアアァァァァァァァァッッ!?〉
「うるさっ」
さっきのバインドボイス顔負けな悲鳴。
でかい図体のくせ、みっともなく喚かないで欲しい。まだ三本も残ってるのに。
痛い目を見て漸く私を敵と判じたのか、攻勢に移るオーガコング。
判断遅過ぎて欠伸しそう。
「ふあぁ……」
した。
〈――ゴバアッ!!〉
オーガコングが扱う魔法の特性は、音。もっと噛み砕けば、振動。
大岩だろうと粉々に砕きせしめる威力の振動波を息吹くことも容易い。
「『
さりとて所詮、難度四。
〈ガアアッ! ガアアァァッ!〉
「はずれ」
本来『
けれど、今の私には『ベルダンディーの後押し』がある。
一時的に幽体へ変性させ、存在が曖昧となった身体をズラす。そして攻撃だけ、元の位相にチューニングする。
そうすれば相手側への一方的干渉が可能。謂わば疑似的な無敵化。これを破るには幽体と異空間への同時対策が必須。
「……ふーっ」
こっちにも難を挙げるなら、持続時間。
呼吸さえ能わなかった『
連続使用のセーフティラインは、今のところ六十秒前後。
「手早く終わらせるわよ」
マゼランチドリを逆手に構えた。
併せて呪詛を注ぎ、切っ尖の空間を歪める。
「『呪胎告知』……『
――ちょっと待って。
ふと思い至る。そもそも、なんで私が真面目に戦わなきゃならないの、と。
月彦が来たいって言うから、道を繋いだだけなのに。
「めんどくさ。やめた」
でもあの頭くるくるぱー、どういうつもりか崩れた岩盤の中から出て来る気配が無い。
「あーもう」
こうなったら、アレで一度オーガコングを大人しくさせてしまおう。
……正直、あんまり好きじゃないんだけど。
「歪曲拡大、事象固定。リミット三百秒」
「『ウルドの愛人』
「私のスキルは、差し替えられなかった」
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