375
甲府迷宮最深部、三十階層。
この終着地点に座すダンジョンボスは、巨木が如し四本腕を持つ角付きゴリラである。
名前は忘れた。まあ多分チンパンジー長谷川とか猿山ゴルバチョフとか、きっとそんな感じだ。
「こいつヒト相手に欲情するから嫌い」
「見境ねぇみたく言ってやるなよ。聞いた話じゃ美人限定らしいぞ」
「尚のこと最悪」
血走った目にリゼを捉え、霊長類らしからぬ尖った乱杭歯の隙間から涎をダラダラ撒き散らす角ゴリラ。
いや体格差。どう考えても無理だろ。
「視線がセクハラ。てか顔がセクハラ。なんなら存在自体セクハラ。訴えたら秒で勝てるわね」
こっちもこっちで辛辣過ぎ。
やっぱ女は愛嬌ですよセンセー。
「こんなのにコナかけようとか、悪趣味なエテ公だ。およそ正気じゃねぇ」
「蹴る」
ふはははは、脛を蹴っても無駄無駄。突起だらけの具足巻いてるからな。
「『
ちょ、待てコラ、やめろオイ。魂にダイレクトアタック仕掛けるんじゃねぇ。
ええい、無駄に器用な真似しやがって。
〈ガゴオオォォォォォォォォッッ!!〉
直径数百メートルの穴蔵に鳴り渡る、圧を伴った咆哮。
バインドボイス。叫声で以て敵に恐慌と硬直を付する、取り立てて珍しくもない魔法。
しかし使う相手が中堅
超うるせぇ。
「――るぅ、ああぁぁぁぁああっ!!」
取り立てて効きはせんものの、実に鬱陶しい。
なので『豪血』を発動させ、此方も声を張り上げる。
幾許かの拮抗を経た後、掻き消えるバインドボイス。
のど自慢大会は予選落ちだな。もっと腹から声出せや。
「お」
間髪容れず迫って来る角ゴリラ。
巨駆に似合わず素早い動き。魔法を破られたことなど歯牙にもかけぬ、意気軒昂とした様相。
「その心構えや良し」
角ゴリラは瞬く間、俺を間合いに捉え、固く握り込んだ拳を打ち下ろす。
単なる力技のようで、けれど実態は高周波振動を纏った内部破壊の一撃。
パンチだけでもブルドーザー程度ならブチ壊せる威力に加え、甚大な貫通ダメージを負う仕様。
「ふむ」
まともに食らえば流石に無事とは行くまい。普通なら避けるか受け流すか『鉄血』でガードするか、さもなくばカウンターを選ぶところ。
――が。此度のダンジョンアタックは新防具の試運転を兼ねたもの。
然らば現シチュエーションは、お誂え向きと言えよう。
「ハハッハァ」
敢えて何もしない。何もしないをする。
そんな選択より四半秒。突き抜ける衝撃と共に、俺の身体は宙を舞った。
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