487






 ………………………………。

 ……………………。

 …………。


「どう考えてもヒルダの所為だろ」

「待って待って絶対違う。こういう類はリゼの領分じゃないか」

「領分だからこそ、こんなヘマやらかさないわよ。怪物指数カンスト間近の旦那様なら兎も角」


 ギリギリ滑り込んだ階段部で、やいのやいのと責任の擦り付け合い。

 お世辞にも見栄えするとは評し難い光景だが、やむを得まい。


「まさかしちまうとは。こらヒルダ、こら」

「いきなり足元が崩れ始めた時は背筋が冷えたよ。まあ僕は飛べるんだけど。反省しなさいリゼ」

「あと数秒、脱出が遅れてたら少しヤバかったわね……自首した方が罪は軽くなるわよ月彦」


 侃侃諤諤。






 おもむろに手を伸ばす。

 つい先程まで、八十階層が在った闇中へと。


 肘から先が漆黒に呑まれ、五感の網より掻き消える。

 試しに指を鳴らしてみるも、その音色が耳朶を叩くことはなかった。


 あらゆるダンジョン、あらゆる階層の果てと同じ、全き黒。

 俺が完全索敵領域と呼ぶ見聞覚知を以てしても、この先に何があるのか、どうなっているのか、片鱗すら掴めない。


 ――衝動的な好奇心に突き動かされ、足を踏み出す。


 が。飛び込む間際、後ろからリゼに抱き付かれる。

 女隷越し、胸板に爪を立てられた。


「やめて」

「ハハッハァ、悪い悪い。ほんの出来心だ」


 …………。

 ところでこれ、ちゃんと二十四時間経ったら元に戻るんだよな?


 何にせよ、階層ひとつで被害が収まってくれて幸運だったと考えるべきか。


「呪縛式と四色並行の『深度・参』を出さなくて良かった。リゼを巻き込んで死ぬのは御免だ」

「『九重ノイン』まで重ねなかったのは我ながら英断……いっそ『捨身飼虎』なんか合わせてた日には、どうなっていたことか……」

「手前の九割コノツキで、この有様。やっぱり危険過ぎるわね『次元斬』」


 浅く深く、短く長くの差異こそあれ、三人同時、溜息ひとつ。

 静かな音色は石造りの冷たい階段に反響し、緩やかに溶けて行った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る