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 一時間後、二十二階層に繋がる階段の前で集合と決め、リゼと別れる。

 思えば『飛斬』習得で攻撃範囲が跳ね上がった難敵を相手に、早くもクリーチャー二体分の点差を許してしまった。こいつは痛い。


「しかし機動力自体は此方が上。ついでに出現するクリーチャーに関する知識量もな」


 楽しみが減ってしまうため基本的にダンジョンの細かい下調べなどしない俺は、普段であればリゼから教わる立場。

 だが軍艦島ここに限っては違う。二十番台階層以降を支配する怪異・都市伝説系のクリーチャーなど、古い映画で見飽きるほど顔を合わせてる。


「長丁場にもつれ込むほど有利」


 確かに『飛斬』は高性能かつ目立った欠点も無い優秀なスキルだが、物事は一長一短。

 例えば全く同じ構えと速度と力加減で二度武器を振り、片方は『飛斬』を使い、片方は使わなかった場合、前者の方がのだ。

 一回二回なら微々たる差。けれど百回二百回と積み重ねれば、消耗は無視出来まい。


 かく言う俺の『双血』も、長期戦向きとは言い難いが。


「いやいや。どっちにしろリゼはまだ『飛斬』を手に入れて間も無い。マネジメントのハウツーを積んでる俺が勝ることに違いはねぇ」


 などとつらつら御託を並べるのもダルくなってきたわ。動こう。

 手始めに、奪われたリードを取り返すことから始めようか。






「モノホンはチェーンソーなんざ一度も使ってねぇよ」


 俺が見上げるほどに大柄な、血塗れのホッケーマスクを顔に貼り付けた『金曜日の殺人鬼』が、低く唸るチェーンソーを振り翳す。


「鉄血」


 硬化した掌で防ぐと同時、ギャリギャリ響く耳障りな金属音。撒き散らされる火花。

 少々の拮抗を経た末、俺の強度に耐えかねたのか、高速回転する鎖刃は千切れ飛んだ。


「豪血」


 タイミング良く攻防を切り替え、壊れたチェーンソーの駆動部分を水銀刀で破砕。

 無手となった向こうさんは、今度はその丸太のような腕で俺を絞め殺そうとするも、動脈に赤光奔らせた俺と力比べは愚行。

 腰、肋、首と順繰りに叩き、最後に顔面フルスイングでマスクごと粉々にしてやった。






〈ワタシ、キレイ?〉


 音も無く足元に現れる『人面犬』が意外に鋭い牙で噛み付いて来たため適当にあしらって遊んでたら、再びスラッシャーと遭遇。

 よっしゃ。今度こそ怒らせてやる。


「お前の口をしたのは俺だ」


 そんな台詞を囁くと、女怪は暫し呆然と固まった。

 次いで、目が真っ赤に染まり上がるほどの忿怒と共にマスクを剥ぎ取り、その耳元まで裂けた口を開き、喉が裂けんばかりに吼える。


〈オマエ……オマエ、カ…………オマエガァァァァアアアアッッ!!〉

「ハハハハハハハハッ! いいね、来いよ!」


 質問に対する答えが賞賛と判断されれば、顔を晒した後に大鎌で首を狩って殺す。

 質問に対する答えが侮蔑と判断されれば、ナイフで全身を刺して殺す。


 他にも幾つか行動パターンはあるが、暇を持て余した先人達の検証結果によると、こう答えるのが最も怒るらしい。

 事実、スラッシャーは大鎌とナイフを両方携え、鬼の形相で俺に襲いかかってきた。


 と言うか、アレだな。


「大鎌にナイフて。リゼと被ってるじゃねーか」


 尚、素顔を見た上で最初の質問に忌憚無く答えるなら……比較対象としてリゼを八十九点と考えた場合、七十点前後。まあまあの美人。裂けた口も、よく見れば愛らしい。

 怒らせた詫びに、せめて一撃で終わらせてやる。





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