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「突破に二時間か。甲府迷宮より全体的な面積が狭い分、ずっと抜けやすいな」

「でも出現クリーチャーの質は、こっちの方が上よ。ここからは特にね」


 全五十階層。十段階で設定された攻略難度の中でも、俺達の現ホームと呼ぶべき甲府迷宮を凌ぐ六という数字を与えられた軍艦島。

 その二十一階層から三十階層までを織り成すのは、寝静まった常闇の街。

 どこか現実とは異なる様式の建造物が立ち並ぶ『夜街エリア』。


「『ナスカの絵描き』はどうだ」

「暗くて見えない」


 やはり夜型環境のエリアだと厳しいか。

 俯瞰視点を持てるだけで、視力自体は変わらないと聞くし。


「まあいい。どうせこっからは競い合う立場なんだ」


 この遠征に於いてリゼと交わした勝負の取り決め。

 二十一階層以降で倒したクリーチャーの合計討伐ポイントが、より高かった方の勝ち。


「……ン? 早速か」

「こっちも」


 辻道を薄ぼんやり照らす街灯の下に立つ、いかにもな雰囲気の女を見付けた俺。

 闇で覆われた路地の先から、ぺたぺた響く足音らしきものを聞き付けたリゼ。


 先に接敵したのは、リゼの方だった。


「何あれ」


 上半身だけの、人の形をした何か。

 腹部から溢れたハラワタを引き摺り、白目を剥いた形相で、腕を足代わりに凄まじい速さで此方へと迫っている。

 足音ならぬだったか。


「『テケテケ』だな。昭和後期から平成初期にかけて流行った都市伝説のバケモノだ。スピードは速いが急には曲がれねぇ」

「成程。つまり──」


 素早く三度振るわれる大鎌。相変わらず長物を扱ってるとは思えぬ軽快な取り回し。

 太刀筋をなぞり放たれた斬撃にテケテケは斬り刻まれ、魔石のみを残し、消えた。


「──曲がれないなら避けられないわよね。カモだわ」


 飛ぶ斬撃の速度は剣速に比例する。リゼの鎌捌きなら、そも大抵の奴は避けられん。

 この女、スキルひとつで戦闘能力が劇的に向上してませんかね。いや、有用なスキルとは往々にそういうもんだけれど。


「なんとも張り合い甲斐のある……」


 さて、こっちはこっちでファーストキルを稼がせて貰いますか。


「ようアンタ、こんな夜更けにどうしたよ? 昔懐かしの神待ちなら俺に付き合わねぇか?」


 ヒビ割れた髑髏のハーフマスクを被った此方と同様、顔の下半分を厚手の医療用マスクで覆った猫背の女。

 腐血の臭いを濃く漂わせ、緩慢な所作にて振り返ると、くぐもった声音で問うてきた。


〈ワタシ、キレ――ガッ!?〉


「あ」


 質問への返答如何で攻撃方法を変える女怪『スラッシャー』。

 人が折角、一番怒らせるパターンを返そうと身構えていたら、ナイフで刺突を飛ばしたリゼに首を穿たれてしまった。


「早速、私がリードね。下手なナンパ、ご苦労様」

「俺の獲物を横取りしやがったな!? 卑怯だぞ!」

「海賊の勝負に卑怯なんて言葉は無いわ。私より先に倒せなかったアンタが悪い」


 クソッタレ、正論だ。なんも言えねぇ。

 敢えて言うなら海賊じゃなくて探索者シーカーだけど。





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