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手近な高層ビルの壁面を駆け、屋上へと登り立つ。
ちょうどフェンス越し、同じ高さを漂っていたヒルダと、視線が重なった。
「やあツキヒコ! 久し振り!」
「……週に五回は電話で遣り取りしてんだぞ。久し振りと言えるかは微妙だろ」
逆さまに浮かび、朗らかに笑うヒルダ。
まるで、俺が現れることを知っていたかのような態度。
はてさて。何から問い質したものか。
「ロシアに居たんじゃねぇのかよ」
「うん。十二時間前までホラート・シャフイルに」
どこだそれ。なんか古い映画で聞いた気がするけど。
「チュパカブラはどうした。見付けたんだろ」
「ああ……残念ながら、あいつはチュパカブラじゃなかったんだ」
そうか。まあ、そうだろうな。
UMAの類が実在するなら、それはダンジョンが生み出した存在として、だ。
そしてカタストロフがステージⅡ『スタンピード』へと至らぬ限り、外界までクリーチャーが現れることは無い。
故に事象革命以来、超常の怪物達は、一度たりともゲートを越えていない。
大方、皮膚病を患ったコヨーテでも見紛ったんだろう。
ロシアの山中に棲んでるのか知らんけど。
「――あいつは、この宇宙の生物とは根本から違う、クリーチャーとも全く異なる、理の境界線を外れたところから来た何かだった」
…………。
は?
「とある組織が厳重に収容していたんだけど、その施設を逃げ出した。いや、逃げ出すなんて後ろ向きな表現は正しくない。もてなしに飽きて飛び出したんだ。千近い、他の似て非なる連中と一斉にね」
はぁ。
「些細な成り行きから、僕達は奴等を再収容するため動くことになった。長く険しい旅路の始まりさ」
長く険しいって、つい三日前の話だろ。
「さっき、久し振りと言ったよね。あれは大袈裟でもなんでもない。奴等の中に時間の整合性を狂わせる存在が居て、僕にとってキミとの再会は三年振りなんだ。ほら、こんなに髪も伸びてしまった」
多い。情報量が多い。
「吉田はどうした。あのアホアホレジェンドのチャラ男は」
「あ、彼なら一件が片付いてすぐ冥王星に旅立ったよ。再来週には戻るんじゃないかな」
めいおうせい。さらいしゅう。
……もういいや。月彦くん考えるのやめた。
冗談半分に聞いとこ。
ところで。
「なあヒルダ。お前さん曰く三年振りの顔合わせ、ゆっくり旧交を温めてやりたいところだが……」
それより先に、あとひとつ質問を重ねさせて貰う。
「こいつは、どういう了見だ?」
音も無く、姿も無く、しかし俺の完全索敵領域に触れた、宙を揺蕩う八挺の小銃。
その銃口の悉くが、あらゆる方向から正確無比に俺を捉えていた。
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