205
予め連絡を入れていた通りの時刻に合わせ、インターホンを鳴らす。
度重なる『豪血』の行使により齎された益々の五感強化。
研がれた聴覚が、特に意識せずとも、決して安普請ではないつくりの玄関越しに響く足音を捉え、体格や歩幅に至るまでをも些細に亘り俺へと伝える。
……七歩目で背丈が十センチ以上伸びた。
こんな真似が出来るのは、世界広しと言えど。
「――こ、こんにちわ、月彦さんっ」
「よう。久し振り、つむぎちゃん」
リビングに通され、よく磨かれたガラステーブル越し、つむぎちゃんと対面する形でソファに腰掛ける。
「飲み物、どうしますか? ビールとか、ウイスキーとか、ありますけど」
「酒はダメなんで、オレンジジュース貰えるかな。烏龍茶も捨て難い」
余った方を自分で飲むつもりなのか両方持って来られたので、烏龍茶を頂く。
ほら、蜘蛛ってカフェインで酔っ払うらしいし。
「甘木くんと御両親は?」
「あ、えっと、追い出……で、出掛けてます……みんな用事があるような、無いような……」
何故、曖昧。
まあ訪問の連絡を入れたのは、つい昨日の話。しかも今日は日曜。不都合も道理。
いよいよ明日に一大イベントを控え、その前に退院後の様子見がてら会いに来たが……もしかすると、つむぎちゃんも電話口でこそ手空きと言っていたものの、本当は何か予定があったのではなかろうか。
だとしたら申し訳ない。変に気を遣わせてしまった。
「悪いな、急に押し掛けて。デートの約束くらいあったんじゃ――」
「ありません」
柔らかな笑顔で、食い気味に否定された。
「ありません」
二度言われた。
「学校の方はどうだ? 上手く馴染めてるか?」
窓脇のシェルフに飾られた写真。
復学初日に撮ったのか、薄く雪化粧のかかった校門をバックとした制服姿のつむぎちゃんが写る一枚を尻目、尋ねてみる。
「はい。月彦さんが勉強を見てくれたお陰で、どうにか授業にも着いて行けてます」
そう語る表情に、陰りや強張りは無い。
学校に通えることが楽しくて仕方ないと、細かな所作のひとつひとつから、そんな想いがひしひし伝わる。
「友達も出来ました!」
嬉しげにスマホ――空間投影ディスプレイを見せるつむぎちゃん。
カラオケボックスと思しき背景。如何にもスクールカーストの高そうな女子が三人。
ふむ。白髪青眼の薄幸系美少女が加わっても辛うじて悪目立ちしない面子。
収まるべき位置に収まったか。
「ちなみに彼氏とかは出来――」
「居ません」
柔らかな笑顔で、またしても食い気味に否定された。
「居ません」
二度繰り返すの、流行ってるの?
「ところで、つむぎちゃん。今日は、ちょっと頼みがあるんだ」
「頼み、ですか?」
こてん、と首を傾げるつむぎちゃん。
スキル『アラクネ』の微細発動で容姿こそ俺と同年代になっているが、こういう仕草は年相応。
「ああ……いや、頼みと言うよりも依頼かな」
故に当然、報酬が伴う。
「勿論、気が進まなければ断ってくれて構わない」
圧縮鞄から引っ張り出した札束をテーブルに置く。
そして。目を白黒させるつむぎちゃんに、深々と頭を下げた。
「君の糸と……毒を、分けて貰えないだろうか」
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