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 そう言えば、すっかり忘れていた。

 青木ヶ原天獄の件で、そりゃもう見事に忘れていた。


 そうそうそうそう、そうでした。

 俺ってば今、ちょっと話題の人だったんだよな。






「ああぁぁぁぁ鬱陶しい!」


 縁もゆかりも無かった京都では、時折誰かに指差されるくらいのことはあったものの、その程度。

 そもそも向こうじゃ、殆どダンジョンで過ごしてたし。


 ――けれど山梨に戻るや否や、寄せ集まる人人人。

 取材は受けねぇ、写真は撮るな。そんな文言を果たして何度繰り返しただろう。


「ついでにプロダクションの連中も! 加入の話は正式に断ったんだ! 諦めろや!」


 正直、辟易してる。

 何せ地元でも大学でも、どちらかと言えば俺は周囲に避けられる側だった。

 それが一転、この始末。


 実にストレスだ。まさか地元のバカ共やクリーチャーみたく蹴散らすワケにも行かん。

 暴力沙汰など起こせば不利益を被るのは此方。もし探索者シーカー活動の停止処分など食らおうものなら、ショックで喀血する自信がある。


「荒れてるね」

「暫く騒げば収まるわよ」






 ひとしきり暴れて落ち着くと、一時避難のため入ったラブホの一室は随分悲惨な有様となっていた。


「……チッ」


 舌打ちの後『ウルドの愛人』で『暴れなかった過去』への差し替えを行う。

 音も無く元に戻る内装。併せて部屋の隅からベッドの上に位置を移し、広げた菓子を摘むリゼとヒルダ。


「このホテル、僕の泊まってるところとは随分趣が違う。ベッドも妙に大きいし」

「でしょうね」


 痕跡が残らないよう差し替えたため、取り立てて二人からの反応は無い。

 本当に便利なスキルだ。しつこく纏わり付く記者を上半身が弾けるレベルで殴り飛ばした時も、全部チャラ。

 尤も、こういう使い方は好きではないから、後々で却ってフラストレーションが募る。


「ぅるる……」


 苛立つ。いっそSRCに参加した過去そのものを差し替えてしまおうか。

 予選まで遡って約三ヶ月。相当に鮮度は落ちているが、出来なくはない。


 ……しかし、それでは今回のヒルダとの接触も無かったことになる。

 必然、未踏破ダンジョンへのアタックという面白おかしい計画もパーだ。


「ああぁぁぁぁムカつく!」


 ちょうど手元にあった電話機を壁に投げる。

 それを皮切りに再び――否、俺を見たリゼとヒルダが、菓子を抱えて部屋の隅に避難した。


「荒れてるね」

「暫く騒げば収まるわよ」






 結局、三度ばかり部屋を半壊させ、三度とも差し替えた。

 窮屈で不自由で狂いそうだ。早くダンジョンに行きたい。




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