497・閑話23






 ――ヒルデガルド・アインホルンが持つ『アリィス・トラオム』は、習得者の想像力が及ぶ限り、どんなものでも作り出せる。

 そう。


 ――榊原リゼが持つ『ベルダンディーの後押し』は、イメージが尽きれば脆く消えてしまう想像の産物を固定し、現実のものに出来る。

 重ねて、空間位相の調整により幽体のまま長い時間を過ごせる彼女なら、現行技術では未だ賭けに近いスロット移植の心霊手術を、確実に成功させられる。


 ――彼が持つ『ウルドの愛人』は、殺めたクリーチャーの数だけ、望む種類のスキルペーパーを用立てることが可能。


 そして。本来なら取り返しが利かない習得済みのスキルを、何にでも差し替えられる。


「てかアンタ、スキルの差し替えは二度とやらないとか言ってなかった?」

「世は千変万化なのだよリゼ。そうした方が面白くなりそうなら、俺ァ過去の自分が決めたことなんぞ丸めてゴミ箱に捨てる」


 知ってる。貴方は、そういう人。よく知っている。

 ずっと視てきたから。


「面白くなけりゃ生きてたって仕方ねぇ。準備が整い次第、実行に移す」

「そ」


 ――この先の流れは、似た未来を幾つも視た。


 危険なスキルを分別の無い者達へとバラ撒いた結果、世界各国で続々と立ち上る大火。

 彼等を止めるべく武器を取った六趣會を筆頭とする抵抗勢力と、逆に彼等を支持した最強の探索者シーカー集団ブラックマリアとの全面衝突。


 甚大な犠牲の末に封じられた『ウルドの愛人』。

 激化の一途を辿る抗争の只中、榊原リゼが命を落とす。


 比翼連理の片割れを、唯一無二の抑えを失い、魔人から魔獣へ堕ちた彼。

 際限知らずの天稟を宿す凶星も、そうなってしまえば単なるバケモノ。

 己が命への無関心さも手伝い、討ち取られるまで、然程の時間はかからなかった。

 

 ――斯くして文明は凍結し、毒に塗れた爪痕が世界を蝕み、平穏は灰と帰す。

 諸悪の根源たる『魔人』『死神』『怪物』の名は、向こう百年、口にすることさえ禁忌となる。


 …………。

 まあ、ひとまずのところ、そうはならないのだけれど。


「ねえ月彦。それ、ざっと数年は要ると思うわよ」

「よしやめた、やってらんねぇ」


 ほら。


「すいません店員さん、ビーフシチュー十杯追加で」

「あとパフェおかわり。三杯」

「僕おしゃけ! ビール! ひゃっぱい!」

「コイツには麦茶でも出しといて下さい」


 無限に等しく枝分かれした未来の大半で、崩れ去ることが定められた平和。

 けれど今回は、今回も、水際で押し留まる。


 彼が度を越した飽き性で、本当に良かった。





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