545・閑話27






 ──東京、某所。


 日本国専属、対カタストロフ戦力。通称沈黙部隊。

 その一号隊舎、地下射撃場。


「無事、産まれたと。そりゃ良かった」


 断続的に鳴り渡る銃声。

 鉄火を噴くのは、銀色のバレルに青薔薇の彫刻が施されたリボルバー。


「母しゃんの方は、どげんね?」


 常人であれば真っ直ぐ構えることも難しかろう、拳銃にあるまじきサイズと口径。

 それを易々と片手で操り、百メートル離れた的を一瞥もせず、ワンホールで撃ち抜き続ける射手。


 右目に黒百合の眼帯を宛てがった、赤髪の女。

 五十鈴硝子がらす。本名を雪代硝子しょうこ


 沈黙部隊、総勢六十六人の筆頭戦力。

 要は公的機関の枠組に限って述べるところの、日本最強。


「……はあ!? 病院ば抜け出してダンジョンに行ったと!?」


 弾が尽きるや否や、流れるようにスイングアウトし排莢。

 併せ、脇に置いたテーブルを軽く足蹴。立ててあった数十発のカートリッジが、きっかり六発だけハネ上がる。


「産褥も明けとらんのに…… 妊娠中も動き回っとったし、あん人は、ほんなこつ……」


 それらを空になったばかりのチャンバーで残らず掬い取り、再装填。

 一連の動作を視線の外、片手で熟した後、また等間隔に撃ち始める。


「たいがい自分の歳も考えたらどうと。父しゃんに愛想尽かしゃれたっちゃ知らんばい」


 今度は鞭の如く手首をしならせ、発砲。

 本来、曲がる筈のない弾道が、各々で異なる弧を描く。


 にも拘らず、やはりワンホール・ショット。

 文字通りの片手間で成すには、多分に埒外な曲芸。


「ん。姉ちゃんも暇ば見て顔出すけん、そっちはよろしゅうね」


 曰く「推しが同じものを使ってる」という理由で、わざわざ旧式に買い替えた薄型スマホを耳元から離す。

 待ち受け画面に映る、猟奇的な装いに身を包んだ灰髪の男を暫し見つめ、ポケットに戻そうとした間際──再び、着信音が響き始めた。


「……?」


 覚えの無い番号。

 プライベート用ゆえ、親しい間柄の者にしか教えていない筈の携帯に何故と思いつつ、何度目かのリロードと並行して電話を取る。


「──深淵を覗きし瞳よ。その好奇に応じ、此方も瞳と言の葉を返そう」


 日本語に訳すと「もしもし」が最も近い。


〔コメントは差し控えます。時間の無駄なので〕


 覚えの無い声。

 淡々とした、美しくも温かみに欠けた音色。


「何者か。何奴か」

〔同じ意味では?〕


 嫌いなタイプだ、と硝子は思った。


「何用か」

〔長話の趣味はありませんので、要件だけ簡潔に申し上げさせて頂きたく〕


 一拍、静寂が差す。


 そして。


〔──の戦場に、S席の御用意があります〕

「詳しゅう」


 律動を外れて放たれた弾頭が、隣の的を貫いた。





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