544・閑話26






 ──中国迷宮軍、第七基地。


 難度十ダンジョン『十六神凶桃源郷』。

 その外周を囲う形でに刃先を翳した、堅牢強固な鋼の要塞。


「梅上尉! この度はDランキング六位獲得、おめでとう御座います!」


 練兵場にて、教本に載せられるほど精微に整った敬礼と併せ、声が高らかに響く。

 併せ、列を組んだ数百名の兵士悉くが、一糸乱れぬ動作で以て、それに倣う。


 賛辞を一身に受けるのは、軍服を纏う細面の女性。


 ──メイウェイ


 イギリス、アメリカ、ロシア、日本、EU。

 他のダンジョン大国と比してすら群を抜いた母数ゆえ、スロット持ちに対する一枚以上のスキルペーパー普及率が五割を切る実情の中、四つ以上の異能を擁す精鋭二百名を預けられた前線指揮官。

 自身もまた低難度のダンジョンボス程度ならば徒手で縊り殺す戦闘能力を持ち、スキルを使えば地火風水氷雷の六種に亘る属性エレメンタルを支配し、十里四方の天候すら自在に操る人外。


 国内は勿論、世界的にも『七宝』の二つ名で広く知られた女傑。

 直近に於いては巨大隕石群の一片を退け、最新の英雄たる『十三の牙』に列挙。

 上層部の信任厚く、部下からも深い信奉を受ける、まさしく名実共々、中国最高最強の探索者シーカー


 そんな彼女の今なる心境は──穏やかと呼ぶに程遠かった。


「何が、めでたいものか」


 部下達に届かぬ小声で、忌々しげに呟く唯。


「くそっ」


 目を閉じれば脳裏に浮かび上がる顔。

 半年前、己のプライドを粉々に砕き伏せた悪鬼、藤堂月彦。


 ──否。彼だけではない。


 怪物揃いと評すべきDランカーの内にて尚『怪物』と呼ばれる凶女、ヒルデガルド・アインホルン。

 特異なチカラで周囲を嘲笑うかの如く一桁シングルへと至った挙句、国が破格の条件で向けた誘いを袖にした小娘、榊原リゼ。


「あのような、奴等に」


 有事の際は沈黙部隊の麾下に入る契約を取り交わすことで、平時に於ける自由行動を約束された六趣會とも違う、完全なフリーランス。

 唯からすれば、軍属が義務付けられていない日本やEU圏の、況してやどこの組織にも帰属していない探索者シーカーなど、遊興気分でダンジョンを練り歩く半端者。

 そんな輩に、国のため全てを捧げて来た人間が遅れを取るなど、足元まで追い縋られるなど、少なくとも彼女にとっては、看過し難い恥辱だった。


「──上尉! 外部から通信です!」


 然らばこそ、なのだろう。


「外部……? どこの莫迦だ、第三種の秘匿通信網に未登録の機器で……」


 悪意の鉢が、回って来たのは。






〔ひさしぶり、ですね。ちょうしは、いかが、ですか?〕





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