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「…………本当に、参ったね」


 灰色の雲で覆われた、晴れることも雨が降ることも無い不変の空を仰ぐ女。

 そんな脱力に応じてか、水に紅茶が溶け出すかの如く、不可視だった両腕と双剣が白日に晒される。


 一切の光沢を持たない黒刃。刀で言うところの野太刀に相当する刃渡り。

 けれど拵えは通常のサーベルと同じく片手持ち。易々と二刀振るっていたが、アレを繰るには相当な膂力と技量が必要だろう。


 ともあれ、脳裏に思い描いていたものと寸分違わぬ尺度。

 剣身だけでも己の腕より長いそれを、女は手慣れた所作で苦も無く鞘に収める。

 ここに至って消音は不要と断じたのか、金属の擦れる高い音色が緩やかに鳴り渡った。


「本気を出してないのは君も同じじゃないか」

「そいつは俺が決めるこった。だからてめぇは、さっさと出し惜しみをやめろ」

「無茶苦茶言ってる自覚あるかな……」


 黙れ辻斬りめ。こちとら正当防衛、法律くんがバックに付いてんだよ。

 御沙汰を下されたくなきゃ、つべこべ反論するなや。


「はぁ……参るなぁ。無理無理無理のカタツムリだ」


 意味分からん。

 翻訳機は二百種類以上の言語を限りなく肉声に似せた上でリアルタイム変換してくれる優れものだが、たまに変な誤訳だか意訳だかが入る。


「こっちも君の力量は多少なり把握した。うん、十分過ぎるくらいに十分だよ」


 ……?


「正直、ここから先の闘争は不要だ」

「あァ?」


 随分ふざけた妄言だな。

 仕掛けて来といて、自分が満足したからやめましょう?

 何が十分だか知らねぇが、無茶苦茶言ってるのはどっちだ。


「てめ――」

「――不要だけど、それでも僕は続けたい」


 吐き出しかけた怒号を飲み込む。

 奴の纏う空気が変わった。


「女には花束。男には血飛沫。女にも血飛沫。男にも花束」


 ジャラジャラとメダルを留めた肩掛けのコートが、邪魔っけに払い落とされる。


「自分を無敵と信じて疑わない君に、血の伴う敗北を与えたい」


 襟を緩め、胸元の汗を拭う。

 妖艶に目を細めさせ、熱い吐息と共に女は笑った。


 ……ボーイッシュ系のセックスアピールを伴う仕草、実に良い。

 まあ、そいつは置いといて。


「随分と珍妙なことを宣いやがる」


 よりにもよってだと?

 薄ら寒い冗談はやめろ。考えただけで吐きそうだ。


「無敵じゃ、つまらねぇだろうがよぉ!」


 樹鉄刀を投げ捨てる。

 対人戦ならば、素手の方が使える手段は多い。


「……アハハッ」


 俺の返答に何を思ったのか、一層に笑みを深めた女が己自身を浮かす。

 まさか飛べるのか。面白い。


「始めようぜ、第二ラウンドだ。その細い首を締め上げて、汚ねぇ声で歌わせてやるよ」


 此方も『豪血』を発動。


「――『深度――」


 深化させ、世界が緩やかとなる間際。


 とち狂った哄笑に似た風切り音が、周囲を劈いた。


「え?」

「あァ?」


 数百メートル先、廃都に佇む高層ビル三棟が斜めに裁断され、崩れ落ちる。

 その破壊を齎した張本人――振り抜いた大鎌の石突きを足元に叩き付けたリゼが、赤い瞳で俺達を睨んだ。


「……アンタ達……ホント、大概にしときなさいよ……」


 …………。


「ねえ、返事は?」

「「はい……」」





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