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 遠雷が如く肌身を揺さぶる、甲高い破砕音。

 半ば反射的に『豪血』で識覚を広げ、掌握に努める。


 ──七時方向、距離八キロ弱。唯一、未だ健在な断絶領域。

 空間位相が異なるため内部状況こそ窺えぬものの、リゼの顔を見るに問題無さそうだ。


 そして十二時方向、距離十三キロ強。

 百階層の中心、九九九に亘るダンジョンの中枢たる巨木。


 その傍らに、人型の輪郭が二人分。


「あー」


 片や悠然と佇み、片や虫の息。

 仔細を検めるに及ばず、結果は明白。


「敗けちまったか。フォーマルハウトの奴」






 消耗が嵩んだリゼとヒルダを残し、疾走。

 水飛沫を立てず、小さな波紋のみを足跡代わりに駆け抜ける。


「遅っせぇ」


 動く都度、崩れる身体を糸で固め、加速。

 対ドラゴン戦での酷使に耐えかねたらしく、樹鉄の強度自体が落ちてやがる。エネルギーを取り込んでも上手く治らん。


「形態変化は、当分無理か」


 試しに斬式を作り出そうとするも、腕を突き破った蔦が、途端にボロボロと朽ちる。


「なんてザマだよ」


 練度に於いては徒手が優るとは言え、この正念場で手ぶらってのは格好つかん。

 こんなことなら不抜の剣を借りとけば良かった。足元の液体エネルギーに切っ尖を浸し続ければ活力を奪われず済むと気付き、返してしまったのだ。


「やむを得んか」


 圧縮鞄から手探りでフランベルジュを引っ張り出し、腰に佩く。

 もし折れれば果心が怒り狂うから使わず済ませたかったが、背に腹は代えられん。


「──『深度・弐』──」


 四半秒のみ『豪血』を深化。

 ただ一歩の踏み込みで以て、間合いを詰める。


「あら」

「ハハッハァ」


 振り上げられた黒剣の太刀筋へと割り入り、フランベルジュを抜く。


 緩やかな、しかし重く鋭い斬撃。

 そいつを堰き止め、暫時の膠着を経た後、弾き返す。


 ついでとばかり、鳩尾に蹴りも見舞ってやった。


「……らんぼう、ね」


 扱う剣とは正反対の、気味が悪いほど真っ白なスーツを着直し、俺を眇める異彩の瞳。

 胴を吹っ飛ばす心算の一撃だったんだが、いなされたか。


「いがい、ですね。あなたが、そのこを、たすける、なんて」


 山みたいな氷塊が幾つも沈んで行く、中々の絶景。

 規模がデカい攻撃ってのは、見せ物としても面白い。


「助け? 俺が、コイツを?」


 水面に薄く広く氷を張らせ、水没を免れているフォーマルハウトを振り返る。

 なんともはや。妙な誤解を受けたもんだ。


「そんな気は毛頭ねぇし、コイツだって望んじゃいねぇ」


 光の失せかけた眼差しを見下ろす。

 その内側に覗くのは、強い懇願の色。


「俺は、ただ約束を果たしに来ただけだ」


 フランベルジュを逆手に持ち替え、切っ尖をフォーマルハウトの胸元に宛てがう。


「約束通り──トドメを刺しに、な」


 停まりかけた心臓を、刺し穿ち、抉り抜き、貫いた。





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