781・Hildegard






「悪かった悪かった。そう怒るな」


 俵担ぎで私を運びながら、気の無い詫びを入れてくるツキヒコ。

 誠意。ちっとも足りてないよ、誠意。


 と言うか。


「なんでキミ……それ持ってて、平気、なのさ……」

「あァ?」


 恐らく所持者の生命力を貪り、異能を発揮するタイプの魔剣。

 私自身さっきの一撃で、体感的に一年は寿命が縮んだと思われる。


 加えて切っ尖を振るわずとも、手にするだけで活力が奪われて行く巫山戯た仕様。

 扱う者への配慮一切を悉く欠いた、只管な攻撃性の権化。鞘へと収まったまま頑なに抜けなかったことも頷ける、特一級の危険物。


 そもそも四匹、つまりチカラを四等分された状態だったにせよ、討伐不可能指定クリーチャーの一角たる蚩尤を纏めて弑逆せしめた殺傷性能など、明らかに過分。

 人域を外れたスペック。一体、誰が何のためったのか、想像もつかない。


 ……斯様な代物を、なにゆえ平然と掴んでいられるのか。


「等量のエネルギーを取り込み続ければ帳尻合うだろ」


 肉体的負荷を完全に度外視した、頭のおかしい返答。

 ホント、外付けブレーキのリゼが居なかったら、とっくの昔に死んでるよねキミ。






「はふ、染み渡るぅ……」


 舌を撫ぜる、蜂蜜に似た甘味。

 数種の薬草系ドロップ品で配合された体力スタミナ回復薬ポーションが、虫食いだらけの生身を巡る。


「タバコ吸いたい。お酒飲みたい」


 思考が潤い始めて早々、喉を突く欲求。

 しかしダンジョンアタック中は禁酒禁煙が私の流儀。


 今際の一服用に隠し持ってる分へ伸びかけた手を、どうにか堪えた。

 欲深な私にとって、禁欲こそ闘争本能の源。


「あーあ。また新調しなくちゃ」


 両腕、右脚、左眼。すっかり壊れた機械部分を、纏めてスペアに挿げ替える。

 人工臓器も不調だけど、こっちは外科手術で交換しなければならないため断念。


「傷は治さなくていいのか」

「……知ってる? 即効性がある二級ミドルランク以上の回復薬ポーションってフルマラソン走り抜くより消耗きついから、普通は戦闘中に服用するようなものじゃないんだよ?」


 背中──『ギルタブリル』発動時に空いた穴が痛むけど、鎮痛剤で誤魔化す。

 回復薬ポーションに限らず薬品全般が効き辛い体質なため、規定量の三倍ほど打ち込んだ。


「まあ体力の有無以前の話、もう僕に大したことは出来ないけど」


 既に『捨身飼虎』のタイムリミットは過ぎた。封じたスキルは二十四時間使用不可能な上、残ったスキルも著しく出力が落ちる。

 最も使い慣れた『空想イマジナリー力学ストレングス』でさえ、身体を浮かせるのがやっとの有様。


 ところで。


「リゼとショーコは?」

「五十鈴は分からん。リゼは──」


 尻切れ蜻蛉に口舌を断ったツキヒコが、頭上を仰ぐ。

 つられて私も視線を向けると、宙空に真円が穿たれた。


 空間の境目を潜り、着地の安全なんか全く考えていない体勢で落ちて来るリゼ。

 即ち、絶対的な信頼の表れ。


「おかえり」

「ただいま」


 しゃぼん玉すら受け止められそうなほど優しいお姫様抱っこ。

 僕と随分扱いが違う。不公平だ、弁護士呼んで。






 ──遠くで氷の砕けるような音が聞こえたのは、そんな時だった。





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