780・Hildegard






 無我夢中の先で待ち受けていたのは、実に異様な光景だった。


〈ナンダ……ナンナノダ、コレハ……!?〉

〈バカナ、バカナ、バカナ……!!〉

〈有リ得ヌ……我等ガ、コノヨウナ脆弱極マル世界ノ人間如キニ……!〉

〈主上、主上ヨ! ドウカ我等ニ御力ヲ──〉


 霞む視界の中で塵芥さながらに崩れ去る、四匹の蚩尤。


 揃いも揃って蜂の巣を突いたような狼狽えぶり。

 しかし驚愕を抱いたのは、私も同じ。


「なん、で」


 およそ致命傷とは言い難い手応えであったにも拘らず、朽ちる巨躯。

 それにクリーチャーが形を失うのは、完全な亡骸と成り果てた後。


 明らかに不可解。

 この剣のチカラ、なのだろうか。


「──う、あ」


 そんな風に思考を回し始めてすぐ、私自身も異変に襲われる。


 急激な疲労感。殺がれて行く活力。

 剣に生命を奪われている、と一瞬遅れて気付き、手放そうとするも、時既に遅し。


「ッ──」


 瞬く間、身体を浮かせ続ける余力すら失い、音を立てて水面に落ちる。


「ごぽぽっ」


 幸か不幸か、そのお陰で吸い殺されず済んだ。

 ほんの一滴で特大魔石と並ぶ液状エネルギーに浸り、どこか満足げに明滅する剣身。


 しかし同時に、新たな問題も生じる。


「がっ、ごがぼっ」


 水より遥かに比重が軽い、ツキヒコ曰くの底無し海。

 再び『空想イマジナリー力学ストレングス』の力場を纏うことも能わず、もがきながら沈み続ける。


「────」


 まずい死んじゃう。折角、蚩尤を斃せたのに。


 窒息の苦しみが脳髄を掻き毟り、段々と薄れる意識。

 走馬灯だろうか。だいぶ嫌そうにデートの約束を取り付けてくれたリゼの顔が浮かぶ。

 ああいう表情の似合う女性って素敵だよね。


「──何やってんだ、お前」


 そんな呟きと共に襟首を掴まれたのは、失神間際。


 ジェットコースターに似た勢いで、水面まで引き上げられる。

 鼻口に触れる空気。器官に入った液体エネルギーを吐き戻し、えずきながら、咳き込みながら、必死で呼吸を繰り返す。


「海水浴には季節外れだろ」


 瞼を開くと、ずぶ濡れで私を見下ろすツキヒコの姿。

 どうやら彼に助けられたらしい。我ながら大した悪運。


「ン?」


 灰色の視線が、壊れた義手で握り締める剣へと向いた。


「それ抜いたのかよ。凄ぇなオイ」


 大抵なんでも熟せるツキヒコに凄いとか褒められると、自己肯定感がストップ高。


「ちょっと見せてくれ」


 出来れば先に体力スタミナ回復薬ポーションとか飲ませて欲しかったけど、首肯を返す。


「へえ、光ってやがる。吉田が持ってた時以外、うんともすんとも言わなかったんだが」


 そして。


「わぶっ」


 ぽいっと、また水中に捨てられた。





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