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「ごぼぇっ」
内臓ごと戻しそうな勢いで、夥しい量の血を吐く。
原形なぞ失ってしまった四肢を、アラクネの粘糸を引き絞って強引に整える。
「おご、おぇっ、ごえっ……あー、あー」
裂けた喉も繋ぎ合わせ、発声確認。
適当に治すと声質が変わって、リゼが嫌がるからな。
「あめんぼあかいなあいうえお」
よし好調。
ちなみに、この歌の続きは全く知らん。
空間を鎖す赤黒いドームが、少しずつ溶けて行く。
勝敗が決まったと判断されたのだろうか。リゼの器用さには毎度感服する。
にしても。
「ハハハハハッ。過去イチで死ぬかと思った」
全身に噛み付く呪縛式新を引き剥がし、せせら笑う。
どこもかしこも酷い有様だ。
特に失血。樹鉄刀の内在エネルギーを混ぜ続けていたにも拘らず、滅茶苦茶な勢いで血を削られた。
樹鉄と融合した肉体こそ再構築可能だが、血までは造れない。
毛細血管以上に細かく張り巡らせ、コンマ一ミリ四方の肉片ひとつに至るまで手繰り寄せることが可能なアラクネの粘糸も、流石に体液は対象外。
つまり『双血』発動時の代償のみに留まらず、負傷の都度にも刻々と血は喪われる。
絶えず『錬血』を使っていなければ秒で乾涸びて御陀仏だったし、そもそもこの階層内でなければエネルギー簒奪が間に合わず衰死を遂げただろう。
「肆は、よっぽどハマる環境じゃねーと自殺行為か」
なんなら、あと二段階は深度を増せる筈だが、文字通り身が保たん。
俺の……と言うより、単純に肉体の、延いては生物の限界。
「ったく。ひ弱なもんだ」
四肢五臓六腑を苛む『深度・肆』の反動。
指一本まともに動かぬ身体を糸で操り、かぶりを振った。
断絶領域の大半が薄れ、ボチボチ出られそうな頃合、背後を振り返る。
五感が上手く働かん。神経の繋ぎ方、どこか間違えたかも知れん。
後で一回バラそう。雑にやると却って手間だな。
「胴は沈んだか、それとも粉々に吹き飛んだか」
水面へ横たわるように浮かぶ、頭半分だけとなったドラゴン。
首を千切り、二つに裂いても生きてるとは恐れ入る。
……まだ『深度・参』の俺を殺せるくらいの力は残ってる筈。
しかし既に戦意は無く、ただ死を待つばかりの様相。
「潔いのな」
悟った模様。俺相手に互角、或いは多少優勢程度では逆立ちしようと勝てない、と。
地の底から這い上がった者と初めから頂点に君臨していた者とでは、土壇場に於ける対応能力が天地ほど離れている。
秤の傾きが拮抗を示した時点で、実質的に此方のフィールドだ。
「相分かった」
結果が見え透いた戦いなんざ、お互い白けるだけ。
将棋も詰みが決まれば投了する。それと同じこと。
さっさと終わらせよう。ここから先は長引かせたところで冷める一方だ。
「残す言葉は? 辞世の句くらい聞くぜ」
暫し待つ。返答は無い。
敗者は語らず、ただ消え去るのみか。そういうスタンスも悪くねぇ。
「豪血──『深度・参』──」
動脈に赤光を灯し、熱量を収斂。
翳した右腕が融解を始めるも、撃ち終えるまで保てば構わん。
「『連鎖破界』」
千発ばかり極光を叩き込み、熱で溶け崩れた腕を作り直す。
やがて白煙が晴れた先には、ドラゴンも障壁も消え失せ、ただ水平線が広がるのみ。
「ン」
よく考えたら、顔の左半分だけで喋れるワケなかったわ。
ごめんなソーリー。
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